橋本裕の日記
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2002年01月19日(土) 文明語と文化語

 冷戦が終結し、アメリカはいまや唯一の覇権国家として存在している。そして英語もまた世界の共通語になろうとしている。今後インターネットの発達にともない、この傾向はさらに進行するだろう。世界に何百とある言語が、21世紀のうちにほとんど姿を消すのではないかと言われている。

 かってローマ帝国が栄えていた頃、ラテン語がヨーロッパの公用語として用いられた。このように、有力な文明が誕生すると、その文明の言語(文明語)が周辺諸国へと浸透し、やがてその土地に根ざした文化語(土着語)は勢力を失い、姿を消すことになる。

 たとえばラテン語に変わる前は、今のスペインからルーマニアにかけて住んでいたケルト人たちは当然ながらケルト語を使っていたのだが、やがてその痕跡はセーヌと言った一部の単語に残すだけになった。こうして、ラテン語からスペイン語、フランス語、ルーマニア語などが生まれた。これらはいわば、ラテン語の方言のようなものである。

 日本でも明治の頃、日本語を廃止して英語をもちいるべしという考えが起こった。初代の文部大臣・森有礼がそうだし、早稲田大学の総長で、文部大臣をもつとめた高田早苗がそうである。

 彼らは留学体験を持ち、日本語ではとうてい表現できない内容を、英語やフランス語で自由に表現できた人たちである。そして、彼らは日本語ではとうてい西洋に匹敵する高度な文明を構築できないと考えた。そこで、おもい切って、日本語を捨てて、英語に乗り換えるしかないと考えたのである。

 このように、弱小な文化が、他の巨大な文明に出会うとき、その文明を摂取するために、まずその文明の言葉を学ぼうとする。そしてさらには、自国語を捨てて、まるごとその文明語を自国の言葉とし、その文明圏の一員になる切る道を選ぶことも起こってくる。

 日本語の場合、明治維新の頃がそうだった。太平洋戦争に負けたときも、そうした主張が一部で唱えられ、志賀直哉が「日本語をやめて、フランス語を採用すべきだ」と唱えたことは有名である。当時、文部省内部にも、漢字廃止論があり、将来は日本語のローマ字化も考えていたようだ。

 さらに歴史を遡れば、聖徳太子の頃、仏教の伝来とともに、和語から漢語への転換が行われても不思議ではなかった。なぜなら、当時圧倒的な文明語としての漢語(中国語)があり、聖徳太子をはじめ、当時の教養人にとって文章といえば漢文しかなかったからだ。中国に見習って法治国家をつくるために、まず言葉の問題を解決しなければならない。

 そこで、とりあえず漢語から文字(漢字)を借りてきて、日本語の文章がまがりなりに成立する訳だが、もし「万葉かな」という一大発明がなかったら、朝鮮語がそうであったように、日本語の文章はまちがいなく「漢語」に置き換わっていたに違いない。そうなれば、日本語も漢語の亜種ということで、現在とはまったく違ったものになっていただろう。

 日本語が近隣に親戚を持たない孤立語になったのは、日本人が文明語である「漢語」の浸食に抵抗したまれな民族だったからだといえる。つまり言い方を変えるならば、「名誉ある孤立」ということだろうか。そして同じことが、日本から7000キロもはなれた南インドのタミルにも起こったわけだ。

 タミル人はもともとインドの原住民であるドラビタ族の仲間である。彼らは古代インダス文明を築いていたが、BC1500年頃にアーリア人の侵入を受け、インド南部へと追いやられた。当初アーリア人の築いた文明は圧倒的で、これに対抗することが困難だった。アーリア人がどのくらい優秀だったか、それは彼らの言語であるサンスクリット語を見ればよい。

 西洋の学者によると、サンスクリット語の語彙の豊かさは、同じ印欧語族に属するギリシャ語、ラテン語を凌駕し、その文章構造の精緻さもこれをしのいでいるという。この言語が世界でもっとも深遠と言われる仏教経典や思弁哲学を生んだ。さらには世界に先駆けて「ゼロの発見」をして、高度な論理学や数学を完成させた。ちなみにサンスクリットという言葉の意味は「整理され、浄化された」ということらしい。

 こうした優秀な文明の影響と圧迫を受けながら、やがてタミル人は独自の文字を作りだし、サンスクリットをまねて紀元前後に書かれた「詩歌集」が、最古のタミル語の文献として今日に残されている。「万葉集」が古代の日本語を知る手がかりになったように、この詩歌集によって、古代のタミル語の姿がわかる。

 このようにして、その独自性を現在までたもってきたのが、タミル人であり、タミル語である。言語を守るということは文化を守るということである。漢語から独立を守った日本人とタミル人は、言語における保守性という点でも似ている。現在タミル語を話す人口は5千万人ほどで、そのほとんどがヒンズー教徒だという。


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