橋本裕の日記
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高校生の頃、出家にあこがれた。永平寺が近くにあり、托鉢僧の姿を近くで見ていたせいかもしれない。仏教の授業で釈迦の生涯や鎌倉仏教、「歎異抄」などを習っていて、仏教に親近感を持っていたこともある。
出家に対する憧れは現在もある。しかし、寺に入ったり、僧侶になりたいという気持は微塵もない。それは本当の宗教がそうした世界に残っているとは考えられないからだ。教団や教会といった俗世の組織に、現在の私は何の魅力も覚えない。
私は良寛さんに憧れていて、彼のように自由に生きてみたいと思っている。良寛は一度は出家したが、結局寺を捨てて、一介の乞食者として生きた。たまたま書や漢詩、和歌をよくしたが、そうしたものは彼にとってつけたしだったにちがいない。後世に自分の名前が残るとさえ思っていなかっただろう。
形見とて何か残さむ春は花 夏ほととぎす秋は紅葉葉
死ねば無に帰る。自己は滅びるが、自然は残る。ハンナ・アレントのいう、共同の世界である。良寛はおそらく死後の世界など信じていなかっただろう。地獄や極楽などという戯言は言わずに、ただ、自然が残っていればよいという。そして、「死ぬ時節には死ぬがよく候」と知人への手紙に書いている。その爽やかな潔よさが好きだ。
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