この日記のRSSは下記のURLになります。
http://www.enpitu.ne.jp/tool/rdf.cgi?id=6723

2005年01月22日(土) 王子様への手紙

前略 王子様


気付いてみれば一月も二十日過ぎ。
大変遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。

届いているのか分からない手紙を、
私は今年も粛々と書き続けるでしょう。
そうすることでしか、解決し得ない感情の行き場を求めながら。

毎日寒いけれどお元気ですか?
駅からの帰り道に空を見上げたら、
東京の空にもオリオン座が見えました。
こちらは、よく晴れています。
私は元気です。

今日は少しだけ、うしろめたい話です。
ようやく書く気になった、恋の話。
(僕以外の人に?って怒るかな。
それともつたない人間関係にすぎないと笑うかな。
ばかにしないでまあ最後まで読んでくれたらうれしいです)

あなたがスペインだかどこだか、
よく分からないところに旅立ってしまった一昨年の秋、
私はある人に出会いました。

彼が私の手紙(もちろんあなたへ向けての)を
たまたま拾って読んでくれたことが
知り合ったきっかけです。

どこを気に入ってくれたのかは分からないけれど
「面白いね。高野文子の『黄色い本』を思い出したよ」と
言ってくれました。

フィッシュマンズと果物と、
マルタンマルジェラとフセインチャラヤンと、
ヴィクターアンドロルフと葛西薫と、
「オルタナティブ」コーナーにあるような(よく分からない)音楽と、
くだらない笑いと女の人の足と、
ピエール瀧と花くまゆうさくと、
楽しいお酒とウディアレンと、
NHKの夜中の変な映像と坂口憲治のサーフィンの番組が好きな、
とても気さくでかっこいい男の子でした。

目と口角が垂れていて、そこがベックに似ていました。
私は彼の顔が好きでした。
Tシャツから見える鎖骨や、
ズボンの中に潜んでいる膝の骨も好きでした。
ぼそぼそ話す小さな声には鳥肌が立ちました。
私をバカにするときの、意地悪な笑い声を聞くと、
いつでも涙が出ました。

彼とはよく長電話をしました。

いろいろなことを教わりました。
洋服とデザインについて、たいていのことは知っていました。
自然に、ではなく
「知らないことは恥ずかしいことだ」と言って
きちんと勉強している真面目な人でした。

ほげほげと生きること、
ウィットをもって人生をやりすごすこと。
相手を浸食せずに人と向き合うこと。
彼のやり方はいつも上品で、節度があって、
私はそれに波風を立てたいと思いました。

心の奥には、黒々とした弱さを持っている人でした。
彼は「そんなものないよ」と否定するかもしれない。
だから私はそれがあったから惹かれただなんて
無責任なことは言えません。
でも、私は(あなたがそうであるように)泣き叫ばない類の
弱さや虚無寸前の闇を持つ人を、とても魅力的だと思っています。

彼に会ってから私の毎日は変わりました。

今まで目もくれなかったもののすばらしさを、
たくさん気付かせてもらったと思っています。

目白に行った時のこと。
道を歩くたびに
「あ、いい団地」
「夕焼けだ」と
いちいち立ち止まるその人の目の先には、
見たこともない風景が広がっていました。
いったいあの汚れて黒ずみ、淡いグレーに変化した白壁や
紫からピンクへグラデーションされていく太陽は
今までどこにあったのでしょう。

彼は日々の隙間から色や美を見つける天才でした。

私たちはそういう話
(日々の隙間から色や美を見つけることについて)をよくしました。
「NHKドキュメンタリーで、
マイマイティさんというアフリカ人の話をやっていたよ。
彼は家族を抱えて荒れ地に越してきて、
少しも作物がとれず、途方に暮れていたよ。
でもね、井戸が出て
『水が出た、水が出た』ってみんなでさわぐんだ。
それが、すごくいい話だと思ったよ」

「世界はただそこにある」とよく彼はいいました。
肯定も否定もされずに、ただ、そこにある。
悲しいこともうれしいことも、ただ、そういうものとしてあるのだ。

彼はよく怒りました。
私のわがままに、いちいち腹を立てていました。
「信用できない、気持ち悪い」と何度も言われました。
私は何度も泣きました。
伝えたいことが、伝わるまで泣きました。
なぜなのか、彼に対してはそうしたいと思ったのです。
(迷惑な話だよね。でも、こんな風に人の前で
きちんと泣けることがこれからあるのか、すこし心配です。
王子様、あなたの前だったらできると思う?)

彼はよく私に、「文章書けよ」と言ってくれました。
つまらないときは「つまらない」と告げてきました。
「つまらない」と言われると、
私は自分の彼に対する存在価値がなくなったようで本当に悲しくなって
またわんわん泣くことになりました。



……こんなことを書いて、
あなたには何も面白くないし
腹を立てるくらいのものかもしれないけれど
あなた以外の人とこんな風にきちんと、頑張って、
向き合った人間関係とは何だったのかを
書くことで少し分かりたかったのだと思います。

人を好きになるのは、けっこう気持ち悪くてどろどろで、
ひとりよがりで嫉妬深くて
自己満足的で笑ってしまうような行為だと、
振り返るとつくづく感じます。

しかし、それがあるとなかったとでは
確実に何かが変わっているのだし、
前向きな私はまた努力して
その向こうに行かないといけないですね。

村上春樹が阪神大震災十年の新聞記事に、
書いていた文章を興味深く読みました。




僕が『神の子どもたちはみな踊る』という連載小説集を書き始めたのは、
地震から四年を経た夏のことだ。
この連作短編は、
失われた僕の街とのコミットメント回復の作業であると同時に、
自分の中にある源と時間軸の今一度の見直し作業
―僕はそのとき五十歳になっていた―でもあった。

その六編の物語の中で、登場人物たちは
今もそれぞれに余震を感じ続けている。
個人的余震だ。
彼らは地震の後の世界に住んでいる。
その世界は彼らがかつて見知っていた世界ではない。
それでも彼らはもう一度、個人的源への信頼を取り戻そうと試みている。




かしこ


 < 過去  INDEX  未来 >


バナナカレーログ [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加