前略 バナナちゃん
やあ、こんばんは。
随分久しぶりの手紙になってしまった。 どうせ僕のことはこういう人間だって思っているかも しれないけれど、 僕としてはずっと君に手紙を書かなきゃって 思ってたんだ。 そればかり心に引っかかって、 鞄にはずっと便せんと封筒と、 切手を入れてた。
本当だよ? (まあ遅れたことに変わりはないよね。ごめん。)
今回書いたのは、君の誕生日が近いからだ。
どうせまた君のことだ。 誕生日なのに僕がどこだか分からない場所にいて、 連絡が取れなくて、指輪をくれないと言って 泣くんだろう。
大切なことはそんなことじゃないんだよ。 僕は君のことが好きだし、 君だって僕を慕ってくれている。
直接会えなくたって、 キスをしなくたって、 通じる気持ちはあるんだよ。
こういう気持ち悪い言い回しも、 きっと君は「嘘くさい」とはねのけるだろうけど。
僕は新しいアパートを借りた。 前のところは家賃が高すぎたから。 引っ越してから大急ぎで冬支度をしている。 君はこたつを入れたって書いていたね。 うらやましい。 僕のところはこたつもエアコンもないから、 ハロゲンヒーターを調達した。
新しい町には、神社と踏切と、小さな商店街がある。 午後には踏切を通る電車に西日が当たって、 「郊外の昼下がり」という風景ができあがる。
神社には猫と、おばあちゃんがいる。 おばあちゃんはベンチに座って、 猫にえさをやっている。 僕はその隣のベンチで、1時間ほど読書をして帰る。 君への手紙も、今、そこで書いている。
貸し本屋によく行く。 (家の近くにあるんだ。図書館はとなり町だからなかなかね。) 人の手を渡った本を読むのが好きだ。 僕の前に借りた人の物語をよく想像するんだ。 どうしてここに線を引いたんだろう?って。
ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』と『停電の夜に』を読んだ。 非常に面白かった。 「ここの隠喩は……」「文章の構成が……」って インテリめいたことを言わないといけない風潮がある中で、 そんな読後のことを考えずに、 物語の筋をドキドキしながら追えた。 僕には珍しいことだ。
……こんな風に、 本の感想を書かれても君は退屈かしら。
君に会うたびにいつも、僕が本の感想を言うのを 黙って聞いているのを見ては、 僕はふと心配になる。
どんな本読んだ? 僕はこんな本を読んだ。 どんな音楽を聴いた? 僕はこんな音楽を聴いた。 どんな映画を見た? 僕はこんな映画を見た。
この繰り返しに、何の意味があるのだろうと思う。
僕は、人と会っていても、 正直何も得るところがないんだ。 だけどそれは僕が大きな欠陥を抱えた人間だからで、 君はそうじゃないんだよね? だから僕は君に会う時、 君に会うだけの責任を考えて接している。 君が僕に会って、隣で眠っていつも泣いて、 僕の背中に顔を埋めるのを見て ああ僕は何か君の役に立っているのかなと考える。 だけど僕には心がないから、それがどんな感情なのかが 正直なところさっぱり分からない。 君をそれで傷つけたとしたら、心からすまないと思っている。
だから今は、君になるべく会いたくないんだ。 それは君を嫌いだっていうことじゃないよ。 責任を負ってまで会う関係なんて、必要なのかって、 考えてしまうんだ。
それでね、話は戻るけれど 誕生日プレゼントを同封した。 指輪は僕が選ぶと大変なことになりそうだからやめておいた。 君が欲しがっていたジャックパーセルの白。 もう買ってしまった? だとしたら本当にごめん。
よかったら履いてみて欲しい。 きっと似合う。 君がよく着ていた、マルジェラのワイドパンツに合わせたら かっこいいと思う。
年末に向けて、きっと君はせわしい日々だろう。 僕は相変わらずのんべんだらりとやっているけれど。 エリオット・スミスを毎晩聞いて眠る。 彼のように内側に内側に向かう音楽が、 それでも他者の心に染み渡って人を癒すのは何故だろう。
君は少し泣くのをやめたらどうだい? 「泣いた」「泣いた」と書くのはずるい。 これは嫉妬だ。 僕は涙なんて流すことができない、悲しい人間なんだ。 心がないってことを、君は想像できるかい?
敬具
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