| 2004年10月30日(土) |
日曜日の夜に死にたくなったら手紙を書く。 |
共同体の隙間にいる ●●さんへ
こんにちは。 お元気でいらっしゃいますか。
本が一冊終わったので、また書いています。 今までやっていた本が終わり、 これからはパソコン雑誌以外のものをやることになるかもしれません。 それも気分転換になっていいなあと思っています。
今は一段落しているところで、 11月のあたまには連休がとれそう。 ちょっと休んで、 また次への糧にできたらと思います。
最近寒いよね。 風邪などひいていませんか? 私は実家からこたつを持ってきました。 はやくも火を入れて、ぬくぬくしています。
寒いのは苦手です。 行動力が落ちるし、行動力が落ちた自分を見て自己嫌悪になるし。
でも今年は万全な冬支度をして、 熱意に溢れた冬を送るつもりです。 おほほほほ。
■思っていることを行動に移すことについて
最近考えているのは、 (あまりにも当たり前のことだけれど) 「言うは易し、行うは難し」ということ。
「やりたい!」と思った熱意を 長続きさせるのはなかなか大変。 それが自分のことだったら一生懸命やるんだけど(受験とか、就活とか) ひとごとだと、相当強い意志が必要だなあと感じます。 私がそういう性格だというのもあるけれど。
具体的な話をすると、 最近、先輩が作った単行本を見ていて、 環境問題に興味がわいたのね。 それで、本屋さんの棚に行って本や雑誌を 色々見て、「ほー」と面白がっていたのですが、 環境問題ってこんな風に頭で考えていてもだめだよなあと ふと気付いたのです。
今まで牛乳パックとか、発泡スチロールとか リサイクルできるものを捨てていたし、 生ゴミや燃えないごみも、 とにかく自分の家から出せればっていう気持ちばかりで 減らすことを考えていなかったなあと。
ってなんか、主婦みたいな話でごめんね。 まあこれは身近な例だが、 なんでも行動を起こすのは、 面倒くさいことだよね、 でも頑張ろうと思うよ、ということが言いたかったのです。
とりあえず、地震の募金はしました。 届いているのか分からないけど。
うちの母なんかはほんと凡人なんだけど 行動力には才能を発揮する人で、 今やれることを後回しにしないのが すごいなあと思います。 去年の健康診断で「膝に水がたまってますよ」と言われたら、 その帰りに膝の運動の本を買ってきて、 1年続けて痛いのが治っちゃった、と喜んでいました。
君は、自分が行動派(別に体育会系とかそういう事じゃなくて、 めんどうくさがらずにすぐ行動に移せる人)だと 思いますか?
■本
今は神谷美恵子『生きがいについて』(みすず書房)を http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/249-8790355-3433921 読んでいます。
神谷美恵子については詳しく知らないのですが お医者さんだった人で、(キリスト教信者か何かなのかな?そこらへん詳しくない) ハンセン病の患者さんたちと 交流があったみたい。 本の中にも、しばしば「らい」の人たちを例にとった話が出てきます。
本は、とても面白いのでおすすめです。 「生きがい」なんて、タイトルはちょっと仰々しいけれど 内容は非常に客観的で、 考察部分は「ほー」とうなってしまうことが多い。
病気や死の近くにいた人の話は、やっぱり面白いですね。 何でも究極的にはそこにたどり着くからかなと思うけれど。
あとはまあ、 いい加減小説を読まないと 想像力を司る頭が腐るので カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』を並行して読んでる。
ヴォネガットでリハビリをしたら、 ゴンブロビッチというアメリカの作家に挑戦予定です。
あと、今買いたいなあと思っているのが 君の影響で(笑)高橋哲哉の『デリダ』かな。 面白かった? 高橋さんの本はたまに読みます。 彼はブッディストなんだよね、たしか。
デリダ本人の著作は気が遠くなるので 解説本でまわりをかためます。
ジャック・デリダ死にましたね、と言っても 生きてるときに何も読んでいないから悲しむ資格もありません。 先日のエドワード・サイードもしかり。 『オリエンタリズム』は、あらすじわかって読んだつもりなのに 難しすぎて眠くなっちゃったよ。(ゴメンばかで。)
■仕事のこと、日記のこと
耳にたこができたよ、もういいよ、と言われるかもしれないけど、 相変わらず書くのは楽しいです。 それこそ「生きがい」というか、 その行為単独で、「やってるだけで楽しい」と思えるのは 書くことくらいかもしれない。(ほかにも考えればあるんだろうけど)
先日、あるマンションに住んでいる人を 取材するというフリーペーパーの仕事があったのですが インタビュー原稿を書くときには、 普段日記で文章を書き慣れているのが結構役に立ったなと感じました。
先輩に赤を入れてもらったときに言われたのが、 「インタビュアーの主観や(その場の)インタビュアーの存在が ちょっと入りすぎてるかな」ということ。 なるほど、と納得し、勉強になりました。
もちろんその場では私が聞いているんだけれど、読者が見たいのは インタビュイーの言葉や生活なわけで、 こちらは黒子に徹した方がいいのです。
私は普段自分が読む文章に関してもこれは感じていて、 インタビュー取材なのにインタビューアーが あまりにも全面に出てくる雑誌は結構むかつきます。 (ロッキング・オンとかは、それが売りだからいいんだろうが。) でも自分でやってみて、黒子に徹しきる文を書くことの難しさを感じました。
日記は、楽しく書いているのだけれど 「今日は精細を欠いているなあ」というのは 自分が一番分かるので嫌な日もあります。
王子さまへの手紙にしちゃえ、と思って 心から王子に向き合わずに(ってきもいけど)書くときは やっぱりうまくいきません。
書くものって、その人の 精神状態や性格や、雰囲気や考え方を 恐ろしいほど如実に表してしまうものだなあと感じます。 最近の芸能人のブログなんか見てても思う。
■牛腸茂雄展、ヴォルフガング・ティルマンス展
2つの写真展に行きました。 前者は普通に好きな写真家で、 後者はおしゃれっこが口をそろえて名前を言うので 「文句を言うなら自分の目で見てから」という 気持ちで行きました。
<牛腸> http://www.mitaka.jpn.org/calender/gallery/
図録を買ったときに一緒に付いてきた、未來社という出版社のPR誌、 『未來』に堀江敏幸が文章を書いていて 興味を引かれました。
『存在のいざりについて』というタイトルで、 「いざる」という言葉についてのべてあります。
君は「いざる(居去る)」という日本語を 知ってる? 私は知りませんでした。
昔から日常的に使われてきたことばで、 正座したまますすすすすーっと移動することをいうのだそうです。
【goo辞書 いざる】 http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%A4%A4%B6%A4%EB&kind=jn&mode=0& base=1&row=1
お葬式の席などで正座している親族の元に 他の人が用件を耳打ちしに来る場面を考えてもらうと分かりやすいかな。 そういうときは、音を立てぬよう、ひざをついたまま動くよね。 あれです。
牛腸茂雄は被写体との間に「いざる」時のような 微妙な距離のとりかたをしている、と堀江氏は書いていました。 立ち上がり、顔をつきあわせて話すのでもなく、 かといって遠くから呼びかけるのでもなく。 座ったまま距離を縮めるような微妙な他者とのコミュニケーション。
これを読んで、はー、うまいこと言うなあと思って。 ただ、私は「いざる」を体の感覚として、実感としては 普段体験していないので 本当の意味で堀江氏の言っていることを理解できているのは 分からないけれど。
牛腸の写真集、本屋さんにもあるので 暇だったら見てみてください。 森山大道のような大胆さはないけれど、 すごくいい写真です。
<ティルマンス> http://www.operacity.jp/ag/
おしゃれ写真だからねー、どうせ、と 曲がった気持ちで見るのはやめようと思っていきました。 やっぱり認められている人というのは、 実物を見るとそれなりの感動はあります。
好きではないけれど、よかったと思います。
ちょっと驚いたのが、 私が持っている『snoozer』の表紙の写真があったこと。 エイフェックスツインの、リチャードの顔写真。 意外なところで活躍してるのね、と思いました。
いつも写真展に行くと、ださーい変なリュックしょったおじさんとか もてなそうな男の子が一人で来てて安心するんだけど この展覧会は お洋服に気を遣ったカップルが多かったよ。 私もお気に入りのブーツで出かけたわよ。 ほほほっほ。
……
自分の話ばかり書いてごめんよ。 今回はかなりがっつり書いたので、 読むのが疲れたら流してください。
あなたの近況も、よかったら聞かせてね。 優しい文章で、 いつも読むのを楽しみにしています。 個人的には、あなたの専門分野のことなど、色々教えてもらえたら嬉しいです。
それではまた。 長々と失礼いたしました。
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