| 2004年10月31日(日) |
本文の漢字部分、すべてひらいて、ばかっぽい雰囲気にしてください(カナはママで)。 |
ひこちゃんへ
ひこちゃんにききたいことがたくさんたまったので でんわしたかったんだけど、 たぶんめいわくだろうとおもって メールにします。
(いつもそういうことにはきづいているのです。 でもバカだからないちゃったりするのです)
せんしゅうティルマンスのしゃしんてんにいってから、 いったいかれがなにをとっているのか、 なにをもってすばらしいフォトグラファーと いわれているのかについてかんがえていました。
とくしゅうされた『びじゅつてちょう』のきじが、 とっかかりにはわかりやすくてべんきょうになりました。
ウェブで、トークショーにいったひとのぶんしょうもみつけて やっぱりこうやってまじめに「しろうとすること」は たいせつだなとおもったよ。
もちろん、ほんよんだだけですんだとはおもっていないけれど、 「どうせおしゃれしゃしんでしょ」とあしをはこばなかったり、 また、みても「ふーん」とおもっていただけでは えられなかったさまざまなちしきをいれることができたし、 これからべんきょうをしていくかのうせいもひろがったとおもいます。
たとえば、かれがゲイだとこうげんしているひとだって、 それをしるだけでも しゃしんかのしせんについてかんがえるこちらがわのめは かわってくるきがします(いいいみでね)。
わたしはちょっかんのひとではないので、 なんのちしきもなしにながめて「ぴーん」と さくひんのちしきがわかるたいぷではないとおもっています。
ほんらいげいじゅつとはそうしてかんじるものなのだろうけれど わたしのようにぶきようなひとは べんきょうしたり、かんがえたりすることもたいせつなのだとおもう。
そうして、100まいのえをみたあとに 「すっげー」と とりはだのたついちまいにであえたらうれしいです。
ひこちゃんがいいといってたゲルハルト・リヒターさんも、 はじめはよくわからなかったけれど、 あなたがいいというのでいろいろよんでみて、 せんじつなでぃふにはいったときにぱらぱらとさくひんしゅうをひらいたら、 ぞくっとしたものがせすじにきました。
こうやって、あとから「わかった!」とおもえるしゅんかんは かんどうするね。
ひこちゃんは、ものにたいするかんどがつよいから、 あっとうてきなものにすぐはんのうできるのでうらやましいです。
でも、それだけでなく、いろいろなことを ほんとうにすみからすみまでべんきょうしているというのは なかよくなってからしりました。
かんせいだけのひとではないというてんで、 ひじょうにそんけいしています。
「しらないことははずかしいことだとおもう」 というひこちゃんのことばを、いつもきもにめいじていきています。
やっぱりはなしたいからでんわするね。 べるがなってきみがでて、 こえがして わたしはこんにちはという。
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