| 2004年08月21日(土) |
まだ未完成ですが、またよろしくお願いいたします。 |
ずいぶん久しぶりになってしまい、まだ見てくれている人がいるのか不安ですが、ちょろちょろと続けていければと思います。もし良かったら、また遊びに来てください。
ようやく本が校了したので、実家に帰ってのんびりしています。休日のメモ。手元に本がなかったりして未完成。とりあえずアップします。
■文句を言うのはやめたから
「すごいでしょう、この人はね、60歳過ぎてからいきなり人気が出たの。その前まではね、ずーっとアマチュアだったですよ。10歳からずっと趣味ってだけで撮ってた人なんだよね」。
フランスの写真家、ジャック・アンリ・ラルティーグの生涯について書いた年表を食い入るように見つめていた私に、学芸員のおじさんが声をかけてきた。清里フォト・アート・ミュージアムの、入り口から3番目の小部屋。白い壁には控えめな、しかしとても幸福なモノクロ写真の数々が100点以上並び、その合間合間には写真のプリント方法について、また、ラルティーグ氏の経歴についての解説が掲げられている。
観光客でにぎわうおみやげ街の喧騒とは対照的に、とても居心地の良い場所だった。
『BRUTUS』の写真特集「BOY'S LIFE」に、すばらしいテキストを見つけ、同時にこの写真展のことを知った。橋本麻里さんという美術ライターの方が書いているページだった。子供時代のラルティーグ自身が写ったモノクロ写真1枚とともに、今回の写真特集の趣旨を説明している。
<<引用入る>>(後ほど)
からっぽな「何気ない日常」を、写真に切り取ることでかすかに憂いをを帯びた「叙情」に変換して自慢げに発表するちまたの素人写真、「ガーリーフォト」に対する痛烈な批判。最近私が(主に自分に対して)カチンときていたいろいろな気持ちが、分かりやすくあくまで軽快に(「ウンザリ」、ってカタカナなのがこの雑誌らしいし、うまいと思う)言葉に置き換わっていた。
10歳でカメラを手にしたという裕福な家庭の「少年」に、はじめはあまりシンパシーは感じなかったけれど、こんな風に震える文章に出会えることはそうそうないし、仕事の気分転換にいいかもしれない、と山梨県まではるばる出かけることに決めた。新宿から特急に乗って2時間半、小さな駅から観光地を過ぎ、1時間以上歩いた先にミュージアムはあった。
写真展はすばらしかった。
すべての写真が幸福な瞬間を映し出していた。そこでは人々が生き生きと今を過ごし、切り取られた瞬間からは生きる喜び(こう書くと本当に陳腐だけれど仕方ない)がにじみ出ていた。「残さなければ永遠に忘れ去られてしまう瞬間」を、彼は撮るのだという。見ていくと、ラルティーグにとってのカメラが、単なるおぼっちゃんの高級な遊び道具以上のものになっていくのが分かる。
被写体は家族や恋人や、自分たちで作った飛行機や、召使いや猫、道を行く女性たち。はじめから終わりまで、身近な人やものばかりである。
<<引用入る>>(後ほど)
白い壁の空間で、私は想像する。100点以上の「残されたもの」から、彼の人生を、彼自身を。カメラに写されていないあらゆる細部があるだろう。幸福でないときも、優雅でないときもあるだろう。それでもフィルムに焼き付けられたのは、「J.H.ラルティーグ氏の優雅な写真生活」であったのだ。
本当はここに「まったくガーリーガーリーって気分だけで騒ぎやがって」と文句をたれる文章を書くつもりで、その後ろ盾として「俺はこんな本物を見てるんだぜ」というガーリーちゃんとの差別化の道具、後ろ盾として、この写真展を使うつもりだった。
たしかに、垂れ流される「何気ない日常」とはくっきりと異なる何かが、ラルティーグの写真にはある。しかし、そうした自意識過剰な訴えかけが、この人には何と不似合いなことか。帰りの中央線でお土産に買った写真集をほくほく開きながら、私は自分で自分が恥ずかしくなった。過去に対する叙情でしか何かを書いたり作ったりできない人間であることをうしろめたく思っているのは他ならぬ私自身である。だから必死で言い訳するために、自分を対象化してみせる。ラルティーグは違う。ただ、見えた世界を撮っている。そこに自分の気持ち悪い自己主張や訴えはない。彼は被写体を写し取ることに徹しているからだ。日記をつけるように、彼は写真を撮る。
「92歳まで生きたんだ。長生きだったんですね」学芸員のおじさんに少し驚きながら話しかけると、彼はうれしそうに言った。「カメラっていうのはね、家の中ではできないでしょう。外に出て、歩いて撮影するから体が丈夫じゃないといけない。それに構図がどうの、光がどうのって頭を使うんですよ。だからねえ、カメラやってる人は長生きするんですよ。有名な人はみんな長生きですよ」
フランスから大量の写真が送られてきたとき、木箱の上にさらっと「Bonjour」と書いてあったこと(なんて粋なんだろう! )、プラチナプリントは銀塩の代わりに、本当にプラチナ(白金)を塗って作るのだということ、この写真館では年に数回、プラチナプリントのワークショップがあること、館長の細江英公さんが主催する「ヤング・ポートフォリオ」(写真家の卵たちのための展覧会)のこと、ソファとして使っているのがコルビジエのいすであることなど、おじさん(て失礼かな)は穏やかな調子でいろいろと話してくれた。
「写真はいいですよ。いい趣味。ラルティーグだってずっと趣味だったんだからね。10歳の時の写真見た?あれは子どもがとった作品には見えない。すばらしい」
写真っていいなあ、ラルティーグが、彼の被写体である家族や友人たちがうらやましいな、素直にそう感じていた。文句を言うのはやめたんだった、忘れてたよなあと反省した。駅へと続く長い道のりをひとりぼっちで歩く。もろこし畑の脇を通り抜けながら、1台のカメラという道具の作り出すたった1人きりの孤独で、満たされた時間を思った。シャッターを切る瞬間の興奮を思った。そして、あまりに単純だけれど私も一眼レフが欲しい。
帰ってから友人に写真集を勧めたら、「いいね、いいね」と同意してくれ、viewpoint(視点)ではなくeye(視線)があるね、と言っていた。彼は映画『息子のまなざし』をほめるときも同じ単語を使っていた。
|