| 2004年02月29日(日) |
気持ちのいい涙を流したい。 |
一日中家にいて、『ラバーソウル〜』とバルト『明るい部屋』の残りを読む。近所のレンタルビデオ屋に行き、昨日のトークショーで話に出たガス・ヴァン・サントの『小説家を見つけたら』を借りてきて見る(作品選択間違ってるかな)。
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夜、友達から電話をもらって面白い話を聞いた。
RADIOHEADのアルバム『KID A』M10に、『モーション・ピクチャー・サウンドトラック』という曲が入っているのだが、この中にある、"I think you are clazy, maybe."という詞について。
「おまえら狂ってるよ、多分ね」のmaybeは必要か?というのだ。
友人はずっと、maybeなんていらねえよ、言い切るべきだという意見だったという。まわりがみんな狂ってるんだよ、あいつらおかしい。ところが最近、「あ、この一語は必要だったんだ」という気持ちがふっと心に涌いてきたそうだ。
突然、あれ?もしかして俺がおかしいんじゃないか?という思いにとらわれる瞬間が訪れる。「トム・ヨークもきっとそういう体験があるのかもね。だからmaybeは必要なんだ。分かったよ」彼は言う。「それをHに話したらさ、『そういうとき私は死にたくなるんだよ!バカ!』って。俺は別にそんなことないけどな、死にたいとか一切ないけどな、でも不安にはなるよな」。
"狂ってるのは俺と世界と、どっちだ?"(『プラネテス』)
「こういうこと書くと重くなるじゃん?だから嫌なんだよ、そんな、自分に関わること個人サイトで書きたくないんだ」そうひとりごちる友人のために、書くのが少しも苦痛でない私が文字に起こしてみた。
実感のもてない人の書いた文章で、真意はどれだけ伝わっただろうかと思う。そして、こういった感覚に生では触れられない自分が、どこかで感じているコンプレックスに気付いて私は愕然とするのだ。「余計な感覚は、ないほうがいいんだよ」きっと彼らがそういうことは、もう分かっている。
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久しぶりにとても魅力的なサイトを見つけた。通信社か新聞社の新米さんが書いている日記。ただひたすら自分に素直な文章。スキャンダラス(そんな写真出しちゃっていいの?)だとか、斬新(といえば聞こえのいい、よく分からない言葉遣い)だとか、そういった装飾を一切廃しているのに、心にまっすぐ届いて涙が出そうになる。グッとくるのに、痛くない。無駄な主張も彼女には不必要なようだ。
無断でこっそり少しだけ引用。あとで、勇気が出たらきちんと許諾をとろう。ごめんなさい。
土曜日 昼、車がダムに転落して呼び出し
日曜日 早朝、選挙違反で呼び出し 取材後、 副署長の「 さん、今日はこのままいた方がいいんじゃないかな」 という意味深発言のせいで一日署で待機 殺人で一人出頭したが名前など教えてくれず打てずじまい これなら教えてくれない方がよかった
月曜日 午前3時半起床、無意味に午前四時からK署前で待機 内職商法の「逮捕へ」から「逮捕した」の差し替えを 広報文出る前に一番乗りで出したい、というデスクの注文で 風速百�辰魃曚┐詁揺�と雪の舞う中3時間 歯が痛い
トイレに急ぐ署長を捕まえて 「終わったみたいだよ」のひと言を聞き08:30任務終了 歯が猛烈に痛い
風で飛ばされた手袋が家の近くに落ちていた 神様ってやっぱりいるのかもしれない
文章の隙間からじゅぶじゅぶとしみ出てくる感情。この日記がすばらしいのは別に、「事件現場」が出てくるからではないのだ。例えばこの子が、家でずっとネットサーフィンをした日のことを書いたとしても、私は読みたいと思うだろう。そして、うまくなくていいから、こういう態度で自分の書いていく物事に接したいと感じた。
頭をがーんと殴られるような衝撃はなかなかない。ある人が、もうそういうのを隅から隅まで探して、見つけだすのも面倒くさいから、ジェットコースターとか乗りたい、そういうすぐに手に入る強度が欲しいと言っていたのを思い出す。
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