本気で頑張ったことというのはいつまでも体に染み付いて離れないもので、気付かないうちに自分の自信、というか、底の部分を形作っている。例え他の人にしてみれば物凄く小さなことであっても。そういう大切な体験は誰にでもあるのだと思う。誰にでもある話を、ひとつしようと思う。
私は小学校の時にミニバスケットボールクラブに入っていた。器用貧乏だったから運動をすれば何でもそこそこできたけれど、あれほど夢中になって打ち込んだスポーツは後にも先にも小学校時代のバスケットをおいてなかったように思う。週に3回の練習と日曜日の試合--ほぼ毎日体育館に通った。私の背番号は18番で、後ろから3番目。五年生で始めたから小さい頃からクラブにいる子たちからはだいぶ遅れをとっていた。
背は大きいほうだったけれどもっと大きくて体格のいい子もいたし、ドリブルがはやくてちょこちょこ動き回れるわけではないし、取り柄がなかったからずいぶん長い間試合にも出られずにいた。
六年生になった頃、ひょんなことから仲のいい友達と練習後にシュートの練習をしていくことになった。その後駄菓子屋でベビースターラーメンとさくら大根を食べて帰るのだ。しばらく続けたら、なんとなく日課になった。日課になったら、止めるわけには行かなくなった。
100本、入るまで打ち続けた後に二人でパスを出し合いながらフォワード(友達)とセンター(私)の役割を練習する。誰もいない体育館でずっとボールに触っていられるのが本当に嬉しかった。苦痛や努力、と思ったことはなかった。
そうしてほぼ毎日同じことをしていたら、コーチに「れいこはリバウンドで絶対負けなくなったな」と褒めてもらえるようになった。さすがに100本打っていると、才能などなくてもシュートは随分入るようになる。どれだけフェイントがうまくても、練習していない子は絶対にシュートは決められない。ミニバスケットとはそういうものだったのだと思う。(フェイントやパスがうまいだけでも全然やっていけるんだけどね)
今でも忘れられないのが、関東大会出場をかけた県大会の決勝戦。残り1分、私の逆転シュートで、優勝が決まったのである。レギュラーとして試合に出させてもらえるようになってから、あまり時間も経っていないころだ。毎日練習して感覚を掴み切った位置からのジャンプシュートだった。もう馬鹿だから、ゴール下で私がパスをもらって、決まらないはずがないという気がしていた。
おまえ、そりゃあ一体何年前の話だと、笑う人がいるかもしれない。自分でもそう思う。しかし不思議なことにあの体育館と今ここは繋がっていて、体育館の歓声を思い出す度、それはぴったりと「今日の」私に寄り添ってくる。
「昔の私は凄かった」と言いたいわけではない。今の私も凄いのかもしれないし。ただ、大切にしたいひとつを持っていることは、死ぬのと生きるのを天秤にかけて過ごしてしまう私には少なくとも有効だ(生のために)。今の12歳は、バスケットボールをするといい。練習すればうまくいくんだから、シュートをうちゃあ入るんだから、不条理がない。12歳という年齢は、世の不条理を見るには早すぎる。
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