オクラホマ・スティルウォーターから

2005年04月18日(月) 激動の時代の回顧録・「上」だけでも700ページの本

シンシナティの補習校の古本市で本を買い、次の週だったか売れ残った本が無料として置かれていた。その中から文庫本を1冊選んだ。

アメリカのベーカー元国務長官の回顧録、という一見硬いもので、内容は1989年から1992年の長官時代の国際情勢の激変を見たものだが、当人が言うように、主観的で、個人の目から見た激動の情勢を、国内外の人物のエピソードも交えて書いてあるので、数多とある国際関係の本よりは読みやすく、理解しやすい。

上下2冊の「上」しか手に入らなかったので、日本で「下」を手に入れることにし、ネジャーティも多分興味を持って読むだろうから、英語版を探すことにして、とりあえず「上」を読んだ後、アメリカの強力なイニシアチブや、日本が激動の国際情勢から何となく取り残されている感など、思う所は多々あるものの、私たちの世代が同時進行で見ていた激動の国際情勢を別の角度からより深く理解するにはいい本だと思った。

それで、大学時代は国際関係の学部だったことと、ちょうどこの時期に学生だったのだが、旧ソ連が徐々に崩壊していく姿だけでなく、影響を受ける国々の情勢を見たり、東西ドイツの統一の瞬間や、市民が喜ぶ姿に感動したり、イラクのクウェート侵攻や湾岸戦争に憂えたり、激動の変化を学生の目で見たというのは格好の機会だったと思う。

と、同時に、今の中・高生は当時生まれたか、まだ幼稚園の頃だし、大学生でもこの時代は小学校ぐらいだから、旧ソ連の時代やドイツが東西に分かれていた、というのは実感としてないんだなと思うと、10年や15年の差というのは大きく感じる。

そういえば、ベルリンの壁の破片というのを当時日本でも売り出されていて、それが本当に壁の破片なのか、単にどこかのコンクリートの塊にペンキをぬっただけなのか、という疑問と、トルコ人が売っているという噂があったなあと思い出した。

ちなみになぜトルコ人か、というと、旧西ドイツが戦後の経済復興にトルコから労働者を大量に受け入れて以降、ヨーロッパの中で最大のトルコ人移民を抱えているのだが、旧西ドイツに住んでいるトルコ人が儲けようと思ったんだろう。

ところで、私がいた学部では第1外国語と第2外国語を選び、一方は英語で、もう一方はいくつかの外国語から選ぶようになっていたのだが、2つ下の学年は統一に向かっているドイツの影響を受けて、第2外国語にドイツ語を選んだ学生がいつもの年より多かったらしい。でもドイツ語の難しさに選択を失敗した、と同じ下宿の学生が漏らしていた。


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