| 2005年04月19日(火) |
オクラホマシティの爆破事件から10年 |
梨奈の学校や小学校でも、星条旗と州旗が半旗になっていた。最初ピンと来なかったのだが、オクラホマシティの連邦政府爆破事件が起きたのが、10年前の今日だと気が付いた。
当時、事件が起きた時にはまだ実家にいて、フロリダに発つまでまだ4ヵ月あったのだが、あの年は1月に震災があって、3月のサリン事件があり、約1ヶ月後にこの事件があって、アメリカも大変なことが起きたなあと思ったのを覚えている。まさか10年後にオクラホマに住んで、連邦政府跡をこの目で見ることになるとは夢にも思っていなかった。
梨奈とネジャーティを送って帰宅後テレビをつけると、屋内での式典の中継がすでに始まっていた。式典には記念館の建設に尽力したというチェイニー副大統領や、当時の大統領だったクリントンが出席していた。前州知事の挨拶では、クリントンが大学の同窓で、成績優秀な彼に追いつくのは大変だったから自分は共和党になった(クリントンは民主党)という話にクリントンも受けていて、場を和やかにしたのだ、この事件直後、多大な援助に感謝しているという言葉に、拍手で沸いた。
ちなみにアメリカではこのような場でも、悲しみのあまり、重たい雰囲気にならないように、こういうトップの人は、ちょっとしたエピソードを入れて、場を和ませることがある。
閉めの歌で式典が終わり、屋外のメモリアルパークで、パイプとドラムの演奏が流れ、庭にある犠牲者の名前が彫られた、それぞれの椅子の形の碑に、遺族や友人が花を捧げたりする様子が映って、中継が終わったのだが、犠牲者が何人だろうと、家族の一員を失った人がいることに違いはない。
ニュース(英語)はこちらから。同じページの右に当時の写真があり、クリックすると事件当日から、1ヵ月後の取り壊し、現在のメモリアルの写真と続く。1月に訪れたメモリアルパークの写真はこちら。
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