1年前の記憶 *** replay
雪が消え、やっと暖かくなってきた。でもピンとはった緊張感のある空気や、 道端に小さな花が芽吹いていく様子、そういったものが私は物心ついた頃から とても好きだった。自然と軽くなる足取りも、冬とは違う太陽の眩しさも。
それが今年はちっともわくわくしない。それどころか、胸がちょっぴり苦し かったりもする。どうしてかなぁ〜とずっと考えていた。なにもかもがリニュ ーアルするこの時期に、なぜこんなに息苦しいんだろうって。
その答えが昨日やっとわかった〜。 一年前の今日は、父が倒れた日だったのだ。去年の今ごろは、今まで生きて 来て一番つらかった時期だった。きっと記憶がこの季節を覚えていたのかも しれない…と、今そう思う。
今まで病気ひとつしなかった父が、いきなり転がるほどの腹痛を訴えて倒れた。 私の勤務する病院に急いで連れて行き緊急のCTを行ったところ、大腸の癌が 発見された。大腸カメラの写真を見た途端、「あぁ、お父さんは死んでしまう」 と直感的に思った。そのくらい大きな、憎らしいほど大きくなった癌の姿が カルテに当たり前のように貼ってあった。 毎日毎日、私はたくさんの病気を持つ患者さんと接していた。父と同じ病気の 患者さんもたくさんいた。それなのに、私は患者さんの不安な気持ちも、一緒 に病院に付き添ってくる家族の辛さも全く分かっていなかった。そのことが 私の気持ちをより一層落胆させた…。
炎症がひどく、炎症が収まるまで手術はできないため、父は1ヶ月以上絶飲食 だった。水も食べ物も禁止されていたが、父はいつも笑っていた。 本人へ癌だと告知したときも、父は「がんばるしかない」と笑った。 父が笑っている以上、私や母がメソメソしているわけにはいかなかった。 しかもすっかり気弱になっっている母の前で、私も泣く訳にはいかなかった。 仕事が終わり父の見舞いをした後、自分の車に乗り込み…。 私は毎日のように車の中で泣いた。家に帰るまでと決めて…わんわん泣いた。
やっと手術ができることになったのにもかかわらず、GWに突入してしまったため 手術は1週間くらい延期された。ここ函館は、GWが桜の見頃。去年父はとうとう 桜を見ることができなかった〜。満開の桜の妖しさや、豪快さ、華やかさや儚さ、 そういった全てのものが皮肉に思えた。好きだった桜が、嫌いになった…。
手術が終わった。先生より早く、手術場の婦長さんが「大丈夫、とりきれたよ」 と走って報告にきてくれた。すぐさま母のところへ行き、結果を告げた。 緊張の糸がきれたのと、朗報で、私は初めて母の前で泣いた。母と一緒に声を あげて泣いた…。
胸が押しつぶされそうな毎日を送っていたのは、去年のこの時期。 父に嘘を言わなければならなかったのは、去年のこの季節。 見舞いにいくときに着ていたこの白のニット。 この清々しい季節にまるで不似合いだった私の心の陰の部分を、いま改めて 思い出す。この新緑の颯爽とした季節になるたび、私はこれからもきっと 忘れてはいけないこの胸の痛みを思い出すだろう。そして今、父が元気で 暮らしていることに感謝していくことだろう。
今年は父を2年分のお花見に連れていこう。 そして父がお休みの日曜日、「癌発見記念日」と称して(笑)、お食事にでも 連れていこうかな。
そうだ、そうしよう〜。
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