やっぱり親指は痛いままだったので、夕方近く、病院に行きました。
夕べ真夜中に、昨夜の日記を読んだ夏さんから、「そういう場合、いくべきなのは皮膚科です」というメールが来ていたので、皮膚科に向かおうとしたんですが…。
遠くの大きめの病院に行ったら、今日は、皮膚科の先生がいない日でした。
ので、受付で相談して、外科にかかることになりました。 体温を測ると、六度八分。これは平熱五度台の私にとっては、立派な微熱なのであります。
お医者様は、銀髪の、優しそうなおじさまでありました。
おじさまは、私の親指を見て、ぐいっとひきよせ、ピンセットで傷口をぺりぺり開くと、「あー、傷が治ってないんですよ」といいました。 「ここんとこだねえ…ひどかった時は、赤く腫れてたでしょう? 今はそれが治って、くっつきかけてるんだけど、ちょうど逆むけみたいな感じになってるから、傷が開くと痛むのさ。大丈夫、ほっときゃ治ります」 「…でも、微熱が出てるし、吐き気があって…」 「それはなにか別の原因があるんでしょ」 「…そのう、関節あたりで、何かばい菌が繁殖していたり、どっかくさってたりとか、そういうことじゃないんですか?」 「そういうこと考えるから、具合悪くなって、熱が出るんです」
先生は、笑って断言しました。そして、 「傷が治るまで、右の親指は使っちゃダメですよ」 「…でも、仕事で使うんです…」 「そうなの? じゃあ、テープで留めて動かないようにしようか?」
そういうわけで。 指をぐりぐりまかれて、抗生物質を処方されて、病院を出ました。
うーん… でも痛いものは痛いんだけどなあ、と思いつつ、テープをまいた指は、たしかに、ぶんぶん振っても、前ほどは痛くなく。 とにかく、抗生物質はもらえたので、何はともあれ、腫れはひくだろうと思いました。
そんなこんなで、そろそろ夜になった時刻、帰りのバスに乗ったところ。 いきなり、よっぱらいのおじさんが、バスの中で暴れ始めました。 大声で歌い、叫びながら、服を脱いだりまた着たりしています。 そのバスは、席が電車のように横に並んだタイプのもので、私はおじさんの斜め向かい側の席に座っていました。
もともと私は、酔っぱらいはあまり好きではないし、酔っぱらいに話しかけられるのも好きじゃないので、携帯電話などいじって、知らないふりをしていました。 周囲には、五十代くらいの男性、ノートパソコンを抱えた男子学生、中学生くらいの男の子二人、そして私の隣に女子大生らしき女の子が二人、という感じで、あと何人かの主婦らしき人々が遠くにいました。
さて、その酔っぱらいのおじさんに対して、よせばいいのに、私の隣の席の女子大生二人組が、笑いながら、「やだよね、酔っぱらい」みたいな発言をし始めました。彼女たちの席は、ちょうど、おじさんの真向かいです。 その笑い声は、かなり車内に響き、おじさんが、怒り始めました。
えーと、長崎弁は再現できないので、標準語に置き換えます。 「おまえたちは、なぜ人のことを笑うんだ? 笑える顔なのか? 鏡に映してみろ、おまえたちは、カエルのような顔をしてるじゃないか? いや、カエルの方がよほどましな顔だ」
酔っぱらいのおじさんが、大声で叫ぶ長崎弁というのも、凄いものがありまして(^^;) それもたとえが、カエルですよ、カエル。 長崎弁では、「どんく」といいます。 おじさんは、エンドレスで、女子大生はカエル以下だと叫び続けます。 だんだんネタが、びろうな感じになってきます。
車内に緊迫したムードが、風のように流れ、満ちました。
その段階で私は、げっそりしていました。 お嬢さんたち、もし、酔っぱらいのおじさんが暴力をふるってきたらどうする気なんだよー? こんな私の隣の席で、そんなやばい発言しないでくれよー。 隣にいる以上、イヤでも、私が仲裁しなくちゃいけないじゃないかー。 人を巻き添えにしないでくれよー。
正直、面倒だったのですが、一方で、もし私が仲裁にはいるとしても、なんとかなるかなーとは思っていました。 近くにいる五十代の男性は、なんか余裕があるみたいに笑って様子を見てるし、中学生の男の子たちも、面白がって、助けてくれるかも。 男子大学生は、そっぽ向いてるから、あてにならないかなー?
なんてことを考えていたら、次のバス停で、身の危険を感じたのか、それともそこがおりる場所だったのか、女子大生二人組はおりてゆきました。何人か、女性がおりていったのは、やっぱり不穏な気配をおそれてのことだったのかもしれないです。
入れ替わりに、ジャージの上下を着て、杖をついた三十代くらいのお兄さんが乗ってきました。
お兄さんは、足のケガの療養中なのか、ほとんどまっすぐには歩けないようなようすで乗り込んできたのですが、叫び続けるおじさんを見て、ぎょっとしたようでした。 そのまま、空いている席に座ると、何回も、おじさんの方を振り返っていました。
女子大生たちがいなくなったあとも、おじさんは、何やら意味不明なことを叫び続けていました。
と、お兄さんが、杖をついて立ち上がり、おじさんの横に座り、ゆっくりと話しかけました。 「うるさいですよ。バスの中では静かにしなきゃいけません」 という意味の言葉を、長崎弁で。
バスの中の人々は、みんな、お兄さんを見つめていました。
おじさんは、お兄さんに頭を下げるような仕草をすると、すっと立ち上がり、後ろの方の席に移動して、静かに座りました。 その後もぶつぶついっていたのですが、もう叫ぶことはありませんでした。
お兄さんは、目があったらしい、中学生の男の子にいいました。 「なんていうか、ああいうの、ほっとけなくってさ」と長崎弁で。 バスの中の人々は、英雄を見るようなまなざしで、そのお兄さんを見ていました。
やがて、お兄さんはバスを降りましたが、おりる時、運転手さんに、 「大変ですねえ」と一言いって、かっこよく去っていったのでした。
ああいう人を、「街角の英雄」っていうのかなあ、などと私は思いました。 ジャージのお兄さんは、体格は立派だったし、きっと元気な時なら、よっぱらいのおじさんくらい、もしつかみかかられても、ていっ、という感じで、投げ飛ばしてしまうのでしょう。 でも、まっすぐに歩けないくらいの状態で、理性が吹き飛んだ酔っぱらいのおじさんに話しかけるというのは…
勇気があるなあ、と思いました。
同時に、あの状態のおじさんと、同じ高さで目を合わせ、説得することができる心の強さと優しさというのも、すごいなあ、と思いました。
世の中には、ああいう人もいるんですね。 ちょっとほっとした、五月のある日でした。
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