日々の泡・あるいは魚の寝言

2001年08月07日(火) セリュー君と原爆病院と救命病棟24時

昨日は、夕方に、友だちのすず猫さんからいきなり電話があって、その時間帯(注・すず猫さん横浜在住。私は長崎在住です。とっても長距離電話になります)ということがなんだか非常事態なんだな、という予感がしたので、背筋が寒くなりつつ、受け答えしたのでした。
案の定、愛猫セリューくんが、よその猫に襲われたらしいのでした。
詳しくは、彼女のHPの猫日記に書いてありますが、くだんの猫は、網戸を開けて室内に侵入し、セリュー君と格闘したらしい。
まだ乳歯の生後四ヶ月のセリュー君、果敢に戦ったんでしょうけど、怖かったでしょうねえ。ていうか、きっと子猫なので、侵入してきたよその猫に、「こんにちは、あなただあれ?」とかいって、にこにこ近づいていって、ふーっとかいわれてたたかれたんじゃないかと思うと、不憫でかわいそうなのでした。
そのときは、まだ、セリュー君に怪我がないということで、すず猫さんは比較的元気だったのです。
でもその後、セリュー君に小さな傷を彼女は発見しました。
彼女の前の愛猫は、ケンカ傷から病気に感染して、死んだという過去がありまして…。
すず猫さんは、もう泣いちゃうほど、心配し悲しんだわけです。

一方、我が家は我が家で、母親が「自分はガンかもしれない」とかいいだしまして、夕食にうなぎとか食しつつも、陰鬱な空気がたれ込めていたのでした。
だってねえ。母にはいわなかったけれど、母がガンかもという部分がもしガンだとしたら、予後不良な部位のガンになるので、けっこう怖いわけですよ。
とりあえず、母が原爆病院へ行くという今日の朝、私も病院についていくことにしたのでした。

朝九時二十分に申し込みをして、実際に診察してもらえたのは、一時半くらいでしたか。
四時間、待ちました。母親は最後の方は、疲れ果てて、待合室のベンチで寝ていました。大病院だからしかたがないのでしょうが、あれでは病人によっては疲れて死んでしまうのでは(^^;)?
私はといえば、最初のうちは、朝ご飯を食べずに家を出たので、売店でジャムパンを買って食べたりして暇をつぶしていたのですが、まさかそこまでまたされるとは思っていなかったので、なんとはなしに、時間をつぶしてしまったのが惜しかったです。あんなに待つとわかっていたら、本の一冊でも持参したものを。
(売店にも本はありましたが、入院患者さんの喜びをとっちゃうみたいで、買えなかったのです)。
途中で、仕事関係の連絡がはいってないか気になったので、トイレで何回かメールチェックをしました。
すると朗報一件。
十月出版予定だった(十一月出版予定に変わった)短編集の絵描きさんが、決定したというのです。その話の詳しいことは今度書きますが、巡りめぐって、一番最初に候補にした画家さん(この方のことは、たしか日記には書いていません)が、描いてくださることになったのでした。めでたしめでたし。

結局は、母の「ガンかもしれないもの」は、ただの炎症でした。

帰りに、浦上駅前のパン屋さんで、お昼ごはんのパンを山ほど買って帰りました。疲れていたし、おなかがすいていたので。
遅いお昼を食べて、一息ついたところで、すず猫さんちに電話して、セリュー君のようすを聞きました。信頼できる獣医さんのところへつれていったそうで、別人のように元気になっていたので、ほっとしましたです〜。
(もう落ち込まないでね。すず猫さん☆)。

夕ご飯は、ビフテキにしました。

夜は九時から、「救命病棟24時」をみて、泣かされました。
やっぱ、こういうささやかな善意が交錯するようなドラマが、私はとても好きなようです。
人間って、いつも完全である必要はないんですよ。ふとした瞬間に優しければいいの。人間がそんなものである限り、私は人間が好きだなあ、とても。
そんなことを考えながら、べそをかいていました。


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chayka [HOMEPAGE]