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おめでとう - 2002年08月05日(月)

今日は、いろいろな人からその言葉をもらいました。
ある人は、メールで、ある人は、直接。
どれも、嬉しくて、そしてやっぱり恥ずかしくて。

個人的にはまだ隠すような年ではないし、私は多分一生自分の年を隠すことはないと思うのだけれど、それでも、やっぱりもう「若くない」という雰囲気が自分の中にも、ある。
体力的な若さ、じゃなくて、なんていうのかな。
社会的な若さ、みたいなもの。
社会的責任、という言葉に近いのかもしれない。

抱負なんて全くないし、自分のこれから先だって全然見えているわけではないけれど、最近になって、私は自分が選んできたことが間違ってなかったと思えるようになった。

去年の誕生日には、あの子からお祝いの言葉なんてもらえるなんて思ってなくて、実際になかったのだけれど、それでも、待っていた気がする。

今年は、もらえるなんてやっぱり思ってなかったけれど、少なくとも待ってはいなかった気がする。

でも、待ってない時に限って、それはきたりする。

夕方、鞄の中で携帯が震えた。
誰かがまたお祝いメールをくれたのだと思った。それはあたっていたのだけれど、あて先には、どこかでみたような電話番号が並んでいる。

まさか?

真っ先に、思ったのはそんなことだったと思う。
「今日は確か、お誕生日でしたよね。おめでとうございます」

あの子らしい、丁寧なメール。
わかっていたのに、わかっていたけれど、思わずきいてみた。

「ありがとうございます。でも、どなたでしょ?」

そこから、しばらくやり取りが続きました。
私はといえば、やっぱり嬉しくて、顔が勝手に笑ってしまうのをどうも防げませんでした。

夜は、大学の友人が祝ってくれました。
何週間か前に「その日空けてるから」という、ちょっと笑えるメール(笑)。

でも、嬉しくて、誰かに優しくされるのも、自分が、優しい人に囲まれてることも。
独りじゃないんだ、と、単純に喜べてしまう。

部屋に戻って、しばらく今日の幸せに浸っていたら、また、あの子からのメール。
来週帰ってくるから、会いましょうというものでしたが、残念ながら私は福岡に行っています。

2時間ほど、メールのやり取りをしていました。
楽しくて、やっぱり、嬉しくて。
どうしてあの子が私の携帯メールを知っているのか、結局ききませんでした。
きくと、わざと教えていなかったことがばれてしまうので(笑)。

どうして忘れられないのかな、ともう何度も繰り返した疑問もありますが、本当にもう、仕方ないことなのでしょう。開き直るかしかない。

「果報は寝て待て」
楽しむことの達人から教えられた誕生日の教訓です。

うん。それもいいかもしれない。



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