2007年12月05日(水) |
鮮明に刻まれる、その声 |
かれこれ半年ぶりの更新になるわけですが。 なんだか妙に緊張。 むしろ、更新していいものか、迷う始末。
でも、更新するのであった。
以前に書き上げて、あまりの恥ずかしさに、もじもじしてアップしていなかった話を。 この機会に晒す勇気をだしてみる。
*お色気文でもなんでもないのに、この破壊力。 *読む人にその破壊力が感じられなければいいのに・・・。
これはだいぶ昔になりすぎまして(汗) 捧げますから!と言った相手の方ですら忘れておるだろう、「声色」というお題から書かせていただいたSACトグのお話だったりします。 N々田さん、遅くなりましたが、捧げさせていただきます。
・・・なにやら、お題からズレてるような気がしますが。 ←救いようがない
その声で、名前を呼ばれた最初の時を。 今でも、鮮明に覚えている。 それだけ、男の声は印象深く、意外で。 強く、記憶に焼きついた。
訓練所で、バトーはトグサのことを番号で呼んでいた。 他の訓練生と同様に、だ。 いくら訓練の後、同僚になるにしても、今は教官と訓練生という関係なのだからそれは当然で、そのことを特にトグサは意識しなかった。 自分も、バトーのことを教官と呼んでいたし。 大体、訓練についていく事に全ての感覚を投入していて、そんなことを考える余裕さえなかった。 そして。 三ヶ月の訓練をなんとか無事に終え、正式に9課配属が決まり、少しだけ余裕が顔を出した、そんな中。 草薙に導かれて、トグサは教官ではなく[同僚]であるバトーに初めて、出会ったのだ。 荒巻の前で、他のメンバーと顔合わせもし、その後。 直接の上司となる草薙に、トグサはバトーと共に行動するようにと指示された。 微笑を浮かべた女隊長の前で、トグサは素直に頭を下げた。 それに。 男は、今まで見せていた冷徹な教官の顔ではなく、初めて見る顔でトグサを見た。 今まで、感情のないように見えていた義眼でさえ、表情豊かに変化して見えるのが不思議だった。 そこにあったのは、これから同じ場所に立つ男の顔で。
「ま、頑張れや。トグサ」
初めて名前を呼んだバトーの声は、思いがけなく。 低く、深く、優しい響きで。 トグサの心の奥底、記憶に、確かな質量で刻まれたのだった。
トグサは、ひたすらに耳を澄ませていた。 数々の証拠品として押収した物の中の一つ、犯人がひたすらに蒐集したモノに。 それは。 自らを武器とし、自爆テロを行って散った、男。 その男の、外部記憶装置に詰め込まれた、声の記録だった。 事件に直接関係のある証拠ではない。男の深層心理を分析するのに役立つ程度のもの。 既に解決済みの事件で、取り立てて見る必要のないものだったが、トグサは何故だかそれに興味を引かれた。
声。
それは音だ。 色鮮やかな、音の連続。 声は見えないが確かに存在し、人だけが与えられた知恵の一欠けらでもある言葉を、表す手段として機能している。 声の本質は─呼ぶことである─といった学者がいたが、確かにそうかもしれない。 トグサは、電脳に響くその声たちを聴きながら、そんなことを思った。
どれもこれもが、相手に向かって話しかけている、声。 声。 声。
人間が声を発したであろう、一番最初の動機。 それは、目の前にいる相手に、呼びかける為だったのかもしれない。
静かに耳を澄ませるトグサの内側を不特定多数の声が満たしていく。
蒐集された無数の声。 男の声、女の声。 子供や老人の声。 話しかける声、笑う声、泣く声。 楽しげに、悲しげに、時に怒りを含み。 無数の声たちは、寄り集まり、繋がって。 微かな音であったはずの一つの声が、重なり合い、鼓膜を震わせる大音響へと変わっていった。
一つとして、同じ音はなく。 一つとして、同じ色、気配もなく。 それはまるで、遺伝子のもう一つの形のように、トグサには感じられた。
個人を識別する為の、顔のように。 指紋のように。 DNAのように。 声は、その人を敏感に感じさせるものだ、と。
次から次へと再生される声に耳を傾けながら、思う。
何故、あの犯人は、これほどまでに。 声に執着したのか。 もしかしたら。 何かを、伝えたかったのか。 誰かを、呼んでいたのか。
声を集めるという、代償行為で。 声なき声で。 何を叫ぼうとしていたのか。
死という形でしか、叫ぶことが出来なかった男の。 これが、真実の願いだったのではないか。 本当は、誰かに向けて、声を持って。 己の心を、伝えたかったのではないか。
そんな思いに、考えが至った時。
音の反響に酔ったのか、突然、前触れもなくトグサの視界がくらりと、揺れた。 電脳の中という閉じられた己だけの空間で、長時間、音を聞いていたせいだろう。 外部記憶装置の音声を終了させ、この世界から抜けようと思ったが。 その瞬間。
『トグサ』
名を呼ぶ、男の声がした。 不思議なくらい、総ての音が、消えて。 一つの音。 一人の声だけが、自分の中に満ちて、響いた。
その声は、記憶の底に今も残る、初めて名を呼んだバトーの声に似ている。
揺れる頭で、トグサは思った。 一瞬で、酔いが醒めていく。 トグサは頭を軽く振ってから目を開け、装置に繋げていたコードを引き抜いた。 しゅるりと首のプラグからコードが消えたと同時に、大きな手が後ろから無遠慮に伸びてきて、額を押さえてきた。 自然、顎が上がる。 そのまま上目遣いに見上げると、バトーの顔が、そこにあった。
「何やってんだ、てめぇは」 「──声を聴いていたんだ」
怪訝そうに眉間を寄せる相棒に、トグサは正直に答えた。
「なんで、あの男は、こんなに声を集めていたのかと思ってね。その集めた声を聴いたら、理由がわかるかと」 「ふぅん。お前は時々、くだらないことに拘るよな?」 「ほっとけ」
バトーの手が額を離れて、髪をくしゃくしゃと撫でた。 「大丈夫か?」 「少し、酔っただけだ。大丈夫さ」 そう返して、トグサは目の前に置かれた灰色の外部記憶装置に視線を落とした。
「本当は」 「ん?」 「あの男は、自爆なんかじゃなく、他の方法を探していたんだと思う」
声を蒐集しながら。
椅子の背もたれに体重を預け、言葉を継いだトグサをバトーはただ黙って見下ろしている。 バトーはいつだって、トグサの言葉、声を聴こうとしてくれた。 今のように。 「でも、自爆しか、選べなかった」 多分、男にはいなかったのだ。 声を聴こうとしてくれる人が。 言葉を受け止めてくれる人が。 「なんだか、悲しいな」 トグサはそう言って、溜息を漏らした。 他人と繋がる事が出来なかった男を思うと、言葉は溜息となって、微かな音が声に滲むだけだ。 すると、黙って聞いていたバトーが口を開いた。 「聞いてくれる奴が居なかったなら、探せば良かったのさ。見つかるまで。このだだっ広い世の中、聞いてくれる奴が必ず、何処かに居たはずだからな」 その言葉に、トグサは弾かれたように、顔を上げた。 バトーを見上げて、その義眼を見つめ、その奥に宿るゴーストの声を聴く。 それは、深く響く音、穏やかな色の声だった。 「探す道を放棄した、その報いを奴は受けただけだ。同情なんか必要ねえよ」 「──そうだな」 努力を放棄した人間の行き先は、行き止まりの空虚な世界だ。 無色透明の切ない場所。 その場所に、行きたくないなら。 声を上げ、言葉を話し、人との繋がりを絶えず、築き続けなければいけない。 喜びも愛しさも、哀しみも、戸惑いや怒りすら、己の内に取り込んで。 鮮やかに、外の世界へ響かせなければいけない。
暫し、二人の間に、静寂が漂う。 それは、心地のいい、世界。
それを破るように、トグサは、答えの解っている問いを口にした。 「・・・俺が」 なんとなく、バトーの口から、直接それを聞きたくなったのだ。 「俺がさ、何かを叫びたくなったら。あんたは、聞いてくれるか?」 その問い掛けに、一瞬、呆れたような表情をしたバトーだったが、 「聞いてるだろうが、いつもよ」 そう言って口の端を引き上げると、もう一度、トグサの髪を乱暴に撫ぜた。
その、温かな声に。 トグサは心の底から、安堵した。
END
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