6匹目の兎<日進月歩でゴー!!>*R-15*

2007年05月10日(木)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十八>

一ヶ月以上ぶりに、鬼の更新。
これにて、嚆矢は終幕になります。

長々と引っ張ってしまいまして、すみません(笑)

あとは、嚆矢の番外編を一本、書きたいなと思っております。
最後まで、お付き合い頂けたら、幸いでございます。

























































十八、余韻



言葉を紡ぐたびに黄金色の糸が奔り、結界は編み上げられていく。
何故、今まで出来なかったのか。
そう思うくらい簡単に、不思議なほど自然に。
呼吸をするのと同じ様に、兎草は結界を創る事が出来た。

黒い衣が翻り、守る背が、傍に在る事で。
内なる囁きは呼び覚まされ。
自分の身の内で拡がっていく、その波紋を。
ただ、感じ。
兎草は、一つの事をその手に掴む事を得た。

そして。
その余韻を、眠る兎草は意識の端で、いまだに感じていた。






兎草が束の間の眠りから目覚めた時。
そこは我が家の自分の部屋、しかも布団の中だった。
しかも、全ての決着までついている、というオチ付き。
それを知った時、初めて結界が張れた、という余韻も何もかも消えてしまった。
そんな状況の中で。
「兎草、終わったぞー」
と言う、馬濤ののほほんとした言葉を聞いたとしたならば。
兎草的に、気の抜けた返事しか出来なくても、仕方のない事ではなかろうか。

「───あ、そう」

丁寧に掛けられた掛け布団を払いのけ、身を起こした兎草は、ぼうっとしたまま固まった。
ぼうっとしてしまうのは、起きぬけだから、というだけではない。
必死に考えていたからだ。
へたをすると。
今回の事は全部が全部、夢見た事かも?とさえ思えてくる訳で。
だからこそ、色んなことを考えなければいけない、と脳が命令してくるのだった。
そして、そんな中で緩やかに動き出した兎草の思考回路が、導き出した事はといえば、

「・・・・・・・・・で、どうゆう風に決着がついたわけ?」

と聞き返すのが、精一杯だった。(情けない話だが)
そんな兎草の様子に、

「お前が幕引きしたんじゃねえか」

とのたまったのは、勿論、傍らに控えていた馬濤で。
何故か得意気な口許が、兎草には胡散臭く見えた。
しかし、兎草にそんな風に思われてるとは知らない大男の霊体は、寝癖のついた茶の髪を掻き混ぜては直し、掻き混ぜては直しを繰り返していた。
馬濤は、未だに物珍しい茶色の髪を弄るのが好きらしく、事あるごとに撫でたり、触ったりを繰り返すのだ。
今も、ぴんぴんと撥ねた髪にそそられたのか、執拗に触ってくる。
その手をうっとおしげに振り払いつつ、兎草は大きな溜息を吐いた。



暫く二人の攻防は続いていたが、兎草が起きた気配に気付いたのだろう素子の訪れで、幕切れとなった。
何ともないと知ってはいても、可愛い弟の様子を見たいのが、姉心である。傍らにはいつもの様に、犀灯が従っていた。
髪を弄り続ける馬濤から、結界を張り終えたその後に素子が駆けつけたのだ、とは聞いていたので、兎草は姉にも同じ問いをしてみた。
が、素子からは、
「妖しの鳥は”孵った”から、もう心配ない」
と、返ってくるだけで、やはり要領は得なかった。
ここで、ああそうですか、と納得していい答えではない。
けれども。
素子が言うには、あの黒い鳥は無力な妖しの小さな鳥に戻り、もう誰に害を成す事もないそうで。
兎草はそれには、ほっと、胸を撫で下ろした。
そういう事なら、それでいい。
ただ、何やら釈然としない感が残るのは、兎草の心の事情なので仕様がない。
自分が望む答えが得られない、このもどかしさに、兎草の唇は自然、への字に歪む。
全ての経緯が知りたかったのだ。
どうしても。
何故そんなに拘ってしまうのか。
多分、それは。
結界を張って、力を使い過ぎて気絶し、事の終わりを自分の目で見ていないから。
余計にそう思ってしまうのだろう。
「あのさ・・・姉さん、詳しく言うとどんな風に?」
更に食い下がって問うてみたが。
「あんたは、ほんとに・・・」
呆れた様に首を横に振るだけで、素子は答えてくれなかった。
隣に蹲る犀灯にも聞いてみるが、こちらは、口許に労わりの笑みを浮かべて頷くだけであった。
自分の成長を見守ってきてくれた庇護者のその笑みを見るに、初めて使った術が上々の出来なのは間違いないけれども。
だったら、どうして詳細を教えてくれないのだろうか、という疑問が頭をもたげてくる。
兎草は、今度は眉間に皺を寄せた。

その後も、入れ替わり立ち変わりやってくる大輔や波厨、防摩に。
それから、目撃していたであろう断駒にも問い質し、果ては、普段、姿を視せない大輔の眷属達を呼んでまでも訊いてみたのだが、彼らは黙したままだった。
結果、言わずもがな。
誰一人として、明確に答えてくれる者はなかった。
皆、馬濤なり素子なりに聞いて、知っているはずなのだ。
そう。
小石を投げ込まれた池に波紋が拡がり、隅々を満たす様に。
それなのに、である。

「・・・・・・結局、誰も教えてくれないのは、何でだ?」

兎草が俯きがちに呟くと、それには答えが返ってきた。
先程までのはぐらかす様な言葉ではない、きっぱりと明快な、馬濤の答えが。(それは、到底、兎草にはわからない答えではあったが)

「それはだな、お前が可愛いからさ〜」
「───────」

自然に、口許が歪むのは、どうしようもない。
兎草は、望む答えとは程遠いものが返ってきたせいで、不貞腐れた。
ここまで、はぐらかすこともあるまいに。

「・・・・・・・意味がわかんねえ」

顔を顰めて、唸る。
そんな表情も可愛らしい、自分の主に。
鬼喰いが、内心でこっそり笑みを浮かべた事を兎草は知らない。

愛しい者の成長を心から喜んでいるけれど。
いつまでも、小さな弟、小さな子供でいて欲しい。
自分が護る事の出来る、幼い者でいて欲しい。
そう思ってしまう、裏腹な感情が在る事を。

誰が説明できようか。

「わかんないとこが、お前のイイとこなのさ」
大仰に腕を組み、一人、頷く馬濤の姿に、兎草はいっそう不機嫌になった。
「良くない。全然、良くない!」
ばしばしと、苛立たしげに布団を叩き出した子供に。
今度は、大声をあげて馬濤がで笑い出した。



















芽吹く光。
絡む糸の先。
幾つもの事象を結び、新たなる姿が編み上がる。

遠き日。
近き明日。
それに辿り着くまでは。

余韻に浸り。
日々にまどろむ。














嚆矢、終幕。


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武藤なむ