2007年05月10日(木) |
鬼の守人 ─嚆矢─ <十八> |
一ヶ月以上ぶりに、鬼の更新。 これにて、嚆矢は終幕になります。
長々と引っ張ってしまいまして、すみません(笑)
あとは、嚆矢の番外編を一本、書きたいなと思っております。 最後まで、お付き合い頂けたら、幸いでございます。
十八、余韻
言葉を紡ぐたびに黄金色の糸が奔り、結界は編み上げられていく。 何故、今まで出来なかったのか。 そう思うくらい簡単に、不思議なほど自然に。 呼吸をするのと同じ様に、兎草は結界を創る事が出来た。
黒い衣が翻り、守る背が、傍に在る事で。 内なる囁きは呼び覚まされ。 自分の身の内で拡がっていく、その波紋を。 ただ、感じ。 兎草は、一つの事をその手に掴む事を得た。
そして。 その余韻を、眠る兎草は意識の端で、いまだに感じていた。
兎草が束の間の眠りから目覚めた時。 そこは我が家の自分の部屋、しかも布団の中だった。 しかも、全ての決着までついている、というオチ付き。 それを知った時、初めて結界が張れた、という余韻も何もかも消えてしまった。 そんな状況の中で。 「兎草、終わったぞー」 と言う、馬濤ののほほんとした言葉を聞いたとしたならば。 兎草的に、気の抜けた返事しか出来なくても、仕方のない事ではなかろうか。
「───あ、そう」
丁寧に掛けられた掛け布団を払いのけ、身を起こした兎草は、ぼうっとしたまま固まった。 ぼうっとしてしまうのは、起きぬけだから、というだけではない。 必死に考えていたからだ。 へたをすると。 今回の事は全部が全部、夢見た事かも?とさえ思えてくる訳で。 だからこそ、色んなことを考えなければいけない、と脳が命令してくるのだった。 そして、そんな中で緩やかに動き出した兎草の思考回路が、導き出した事はといえば、
「・・・・・・・・・で、どうゆう風に決着がついたわけ?」
と聞き返すのが、精一杯だった。(情けない話だが) そんな兎草の様子に、
「お前が幕引きしたんじゃねえか」
とのたまったのは、勿論、傍らに控えていた馬濤で。 何故か得意気な口許が、兎草には胡散臭く見えた。 しかし、兎草にそんな風に思われてるとは知らない大男の霊体は、寝癖のついた茶の髪を掻き混ぜては直し、掻き混ぜては直しを繰り返していた。 馬濤は、未だに物珍しい茶色の髪を弄るのが好きらしく、事あるごとに撫でたり、触ったりを繰り返すのだ。 今も、ぴんぴんと撥ねた髪にそそられたのか、執拗に触ってくる。 その手をうっとおしげに振り払いつつ、兎草は大きな溜息を吐いた。
暫く二人の攻防は続いていたが、兎草が起きた気配に気付いたのだろう素子の訪れで、幕切れとなった。 何ともないと知ってはいても、可愛い弟の様子を見たいのが、姉心である。傍らにはいつもの様に、犀灯が従っていた。 髪を弄り続ける馬濤から、結界を張り終えたその後に素子が駆けつけたのだ、とは聞いていたので、兎草は姉にも同じ問いをしてみた。 が、素子からは、 「妖しの鳥は”孵った”から、もう心配ない」 と、返ってくるだけで、やはり要領は得なかった。 ここで、ああそうですか、と納得していい答えではない。 けれども。 素子が言うには、あの黒い鳥は無力な妖しの小さな鳥に戻り、もう誰に害を成す事もないそうで。 兎草はそれには、ほっと、胸を撫で下ろした。 そういう事なら、それでいい。 ただ、何やら釈然としない感が残るのは、兎草の心の事情なので仕様がない。 自分が望む答えが得られない、このもどかしさに、兎草の唇は自然、への字に歪む。 全ての経緯が知りたかったのだ。 どうしても。 何故そんなに拘ってしまうのか。 多分、それは。 結界を張って、力を使い過ぎて気絶し、事の終わりを自分の目で見ていないから。 余計にそう思ってしまうのだろう。 「あのさ・・・姉さん、詳しく言うとどんな風に?」 更に食い下がって問うてみたが。 「あんたは、ほんとに・・・」 呆れた様に首を横に振るだけで、素子は答えてくれなかった。 隣に蹲る犀灯にも聞いてみるが、こちらは、口許に労わりの笑みを浮かべて頷くだけであった。 自分の成長を見守ってきてくれた庇護者のその笑みを見るに、初めて使った術が上々の出来なのは間違いないけれども。 だったら、どうして詳細を教えてくれないのだろうか、という疑問が頭をもたげてくる。 兎草は、今度は眉間に皺を寄せた。
その後も、入れ替わり立ち変わりやってくる大輔や波厨、防摩に。 それから、目撃していたであろう断駒にも問い質し、果ては、普段、姿を視せない大輔の眷属達を呼んでまでも訊いてみたのだが、彼らは黙したままだった。 結果、言わずもがな。 誰一人として、明確に答えてくれる者はなかった。 皆、馬濤なり素子なりに聞いて、知っているはずなのだ。 そう。 小石を投げ込まれた池に波紋が拡がり、隅々を満たす様に。 それなのに、である。
「・・・・・・結局、誰も教えてくれないのは、何でだ?」
兎草が俯きがちに呟くと、それには答えが返ってきた。 先程までのはぐらかす様な言葉ではない、きっぱりと明快な、馬濤の答えが。(それは、到底、兎草にはわからない答えではあったが)
「それはだな、お前が可愛いからさ〜」 「───────」
自然に、口許が歪むのは、どうしようもない。 兎草は、望む答えとは程遠いものが返ってきたせいで、不貞腐れた。 ここまで、はぐらかすこともあるまいに。
「・・・・・・・意味がわかんねえ」
顔を顰めて、唸る。 そんな表情も可愛らしい、自分の主に。 鬼喰いが、内心でこっそり笑みを浮かべた事を兎草は知らない。
愛しい者の成長を心から喜んでいるけれど。 いつまでも、小さな弟、小さな子供でいて欲しい。 自分が護る事の出来る、幼い者でいて欲しい。 そう思ってしまう、裏腹な感情が在る事を。
誰が説明できようか。
「わかんないとこが、お前のイイとこなのさ」 大仰に腕を組み、一人、頷く馬濤の姿に、兎草はいっそう不機嫌になった。 「良くない。全然、良くない!」 ばしばしと、苛立たしげに布団を叩き出した子供に。 今度は、大声をあげて馬濤がで笑い出した。
芽吹く光。 絡む糸の先。 幾つもの事象を結び、新たなる姿が編み上がる。
遠き日。 近き明日。 それに辿り着くまでは。
余韻に浸り。 日々にまどろむ。
嚆矢、終幕。
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