今年最後の更新は、鬼で。 そんで、季節にリンクさせてみる試み。
コレ。 実はずっと、書きたかった話で。 前作った本の中にいれようとすら思っていた話でした。 でも。 話の流れから外れている事もあったし、季節でもないので。 見送った話でもありました。
やっと書けて、感慨無量です。
最初の形からは、だいぶん変わりましたが。 その間にいろいろ書いた鬼話が影響したのでしょう。 てことは。 これが一番、落ち着く形だったという事かと(笑)
嚆矢の後、に続く話で。 更に、先に繋がる話になっとります。
来年こそは、鬼を完結させたい心意気です! 懲りずにお付き合いして頂けたら、ウレシイです。
皆様が良き年を迎えられます様に。 微力ながら、祈ります(笑)
一年が終わり、新しい年が生まれる前夜。 大晦日の宵。
荒巻大輔は縁側に座し、二人の孫を見詰めていた。 年老いた身を蝕む様に、真冬の冷気が肌を刺すが、それは無いものとして受け流す。 大輔はまだ、それが出来なくなる程には老いていないつもりであった。
この世に生まれる事象事物、物モノの、一番初めの姿は白い姿であると「ものの本」には記されている。
それに則り、精進潔斎し、その色をもって。 古き年が往き、新しき年が孵る一宵。 己の最初の姿に還ることを、大輔はこの日の理としていた。 そして、それは己の孫達もそうである。 目の前には根源の色の衣を纏い立つ、成長した孫達の姿があり、知らず微笑が浮かんでいた。 「おい、家長。これから何が始まるんだ?」 隣からの声に意識を戻す。 「歳神への祈りを捧げるのだよ。年送り、年迎えとも言うな」 大輔は同じ様に縁側に座し、二人の孫達を眺める黒い衣を纏った男に答えを返した。 末の孫が従える様になった鬼喰いだ。 その周辺には、孫娘が従える獣達もおり、思い思いに主の様子を眺めているのが目に入る。 「ふーん?」 たいそうな異名で呼ばれる霊体は、解っているのかいないのか、気の抜けた返事をした。 それに苦笑し、大輔は視線を孫達に戻した。
一年を通して流れる気、それに宿る力を人は[歳神]と呼んだ。 歳神は一年を守る神でもある。 今の時代を生きる人々に馴染みやすい名を挙げるとするなら、十二支もそれにあたるだろう。 子、丑、寅、卯と、それぞれがそれぞれの方角を表し、色を持ち、森羅万象の流れを表す。 年を形作る、全ての気、それを総じて”歳神”と呼ぶ。 そして。 大晦日の夜、今年の歳神を労い感謝の祈りを捧げ送り、新たなる年の歳神を大いなる祝意の祈りを以て迎えるのだ。
その流れを忘れてしまっても。
人は除夜の鐘を聞く事で送り、そして、神社へ詣でたり破魔矢やお札を戴き、新年の初日の出を拝む事で迎えている。 そうして。 世の理は、人の知らぬ内に営まれ、流れていくのだ。
「兎草、準備はいいわね」 大輔の後継者である孫、素子の凛とした声が、冴えた闇夜に響き渡る。 真っ白い浄衣に赤い袴。 素子が扇を手に弟を返り見た。 それに、白い浄衣に濃紺の袴姿の兎草が白柄の刀を抜き払い答えた。 「いいよ、姉さん」
赤は全ての者を生かす色。これから訪れる新たなる年の幸いを言祝ぐ色。 青、濃紺は全ての者に満ちる沈静の色。去り往く年に降り積もった穢れを祓う色。 白と共に纏う色によって、二人の醸し出す雰囲気は面白い程に、異なっていた。 素子からは艶やかな香気、兎草からは清浄な水の流れを感じる。 大輔の傍らで、鬼喰いは静かにそれを見詰めていた。
大晦日が終焉に近づきつつある。 その時、人々の煩悩を洗い流す、除夜の鐘が響き渡った。 兎草はそれを合図に、抜き放った刀を、天から地へと一閃させた。 闇夜に木魂する鐘の音に、呼応するように、刀身が煌く。 円を描き、真一文字に空を切る。 剣舞の型を一つ一つ、丁寧になぞり、穢れを祓う。 それに衣擦れの音、刃の走る音、そして、兎草の吐く白い息が重なった。
「家長、お前さんは・・・俺が兎草の傍に居ることをどう思う?」 眼前で繰り広げられる、神へ捧げる舞いを観ながら、馬濤がぽつりと口を開いた。 「契約にどう・・・」 それに大輔は片眉を吊り上げる。 馬濤が何を言わんとしているのか、察しがついたからだ。 「以前にも言ったと思うが、それにわしは関知せんよ」 「・・・・・」 「お主と兎草の契約だからな」 大輔はそう言って、暫し、黙考した。
往く神の眩い光。 刀を縦横に振るい、穢れを祓う、兎草の舞い。 白刃は滑らかに、止まることなく、型をなぞっていく。 冴えた空気そのままに、兎草の纏う気が研ぎ澄まされ、白い光を放つ。
その光景に、馬濤の口から、言葉にならぬ溜息が零れた。 微かな音。 大輔は視線をそのままに、口を開いた。 鬼喰いの心を垣間見た、それ故に。 「黒は」 その威厳溢れる声に、馬濤の意識が張り詰めるのを大輔は感じた。 しかし、そのまま言葉を継ぐ。 「元来、穢れを表すとされるが、わしはそうではないと考える」 「──────」 「あくまで、黒とは白と対なのだ。それなくして、互いが存在できぬ理の上にある」 大輔は再び黙し、それから、黒布が覆う馬濤の目を見遣った。 これが先程の問いに対する答えだとでも言うように、ゆっくりと言い聞かせるように口を開く。 「穢れ、という言葉は人間が与えた意味でしかないのだ」 「──────」 「心の内の囁きが、お主に何を告げているのか。わしには計り知れぬ事だがな」 鬼喰いがじっと耳を傾けている。 「──わしは、違うと考えておるよ」 これが、大輔の心、内なる囁きが与えた答えであった。 「・・・俺は穢れじゃない、か?」 望んだ答えであるはずなのに、少し困惑したような鬼喰いの言葉に、大輔は口の端を引き上げた。 その問いこそが、穢れではない証だと、この男は気付いていないようだ。 「穢れであれば、あれは傍には置かぬだろうよ。初めて逢ったその時からな」 惑い、縋り、求め。 強さと弱さの移ろう心。 だからこそ。 こういう男だからこそ。 小さな孫が今の形を選択したのだ、という事にも、気付いていないのだろう。 大輔は兎草の張り詰めた背を眺め、そして、次いで鬼喰いの隠された目を見た。 「新玉の年を、馬濤、”お前”も迎えるのだ。その傷もやがて己を解き放つであろう」 「──────」 「人はそうやって生きる。死して後も然り。繰り返し、積み重ね、交わり、生きていくのだよ」
除夜の鐘が鳴り終わる、その瞬間。 兎草は、最後の穢れを断ち切り、くるりと刀身を回転させると鞘に戻した。 キィンという鍔鳴りが、静寂の中に消えると、今度は素子が扇をふぁさりと広げ舞い始めた。
新玉の年、来たり。 言祝ぎの舞いを踊り捧げよ。 幸いかな。 幸いかな。 穢れなき年、孵る。 穢れなき、年、孵る。
新玉の年を迎える、全ての者モノに幸いあれ。
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