6匹目の兎<日進月歩でゴー!!>*R-15*

2006年12月31日(日)   新玉を言祝ぐ宵に

今年最後の更新は、鬼で。
そんで、季節にリンクさせてみる試み。

コレ。
実はずっと、書きたかった話で。
前作った本の中にいれようとすら思っていた話でした。
でも。
話の流れから外れている事もあったし、季節でもないので。
見送った話でもありました。

やっと書けて、感慨無量です。

最初の形からは、だいぶん変わりましたが。
その間にいろいろ書いた鬼話が影響したのでしょう。
てことは。
これが一番、落ち着く形だったという事かと(笑)

嚆矢の後、に続く話で。
更に、先に繋がる話になっとります。

来年こそは、鬼を完結させたい心意気です!
懲りずにお付き合いして頂けたら、ウレシイです。


皆様が良き年を迎えられます様に。
微力ながら、祈ります(笑)

















































一年が終わり、新しい年が生まれる前夜。
大晦日の宵。

荒巻大輔は縁側に座し、二人の孫を見詰めていた。
年老いた身を蝕む様に、真冬の冷気が肌を刺すが、それは無いものとして受け流す。
大輔はまだ、それが出来なくなる程には老いていないつもりであった。


この世に生まれる事象事物、物モノの、一番初めの姿は白い姿であると「ものの本」には記されている。


それに則り、精進潔斎し、その色をもって。
古き年が往き、新しき年が孵る一宵。
己の最初の姿に還ることを、大輔はこの日の理としていた。
そして、それは己の孫達もそうである。
目の前には根源の色の衣を纏い立つ、成長した孫達の姿があり、知らず微笑が浮かんでいた。
「おい、家長。これから何が始まるんだ?」
隣からの声に意識を戻す。
「歳神への祈りを捧げるのだよ。年送り、年迎えとも言うな」
大輔は同じ様に縁側に座し、二人の孫達を眺める黒い衣を纏った男に答えを返した。
末の孫が従える様になった鬼喰いだ。
その周辺には、孫娘が従える獣達もおり、思い思いに主の様子を眺めているのが目に入る。
「ふーん?」
たいそうな異名で呼ばれる霊体は、解っているのかいないのか、気の抜けた返事をした。
それに苦笑し、大輔は視線を孫達に戻した。


一年を通して流れる気、それに宿る力を人は[歳神]と呼んだ。
歳神は一年を守る神でもある。
今の時代を生きる人々に馴染みやすい名を挙げるとするなら、十二支もそれにあたるだろう。
子、丑、寅、卯と、それぞれがそれぞれの方角を表し、色を持ち、森羅万象の流れを表す。
年を形作る、全ての気、それを総じて”歳神”と呼ぶ。
そして。
大晦日の夜、今年の歳神を労い感謝の祈りを捧げ送り、新たなる年の歳神を大いなる祝意の祈りを以て迎えるのだ。

その流れを忘れてしまっても。

人は除夜の鐘を聞く事で送り、そして、神社へ詣でたり破魔矢やお札を戴き、新年の初日の出を拝む事で迎えている。
そうして。
世の理は、人の知らぬ内に営まれ、流れていくのだ。



「兎草、準備はいいわね」
大輔の後継者である孫、素子の凛とした声が、冴えた闇夜に響き渡る。
真っ白い浄衣に赤い袴。
素子が扇を手に弟を返り見た。
それに、白い浄衣に濃紺の袴姿の兎草が白柄の刀を抜き払い答えた。
「いいよ、姉さん」

赤は全ての者を生かす色。これから訪れる新たなる年の幸いを言祝ぐ色。
青、濃紺は全ての者に満ちる沈静の色。去り往く年に降り積もった穢れを祓う色。
白と共に纏う色によって、二人の醸し出す雰囲気は面白い程に、異なっていた。
素子からは艶やかな香気、兎草からは清浄な水の流れを感じる。
大輔の傍らで、鬼喰いは静かにそれを見詰めていた。



大晦日が終焉に近づきつつある。
その時、人々の煩悩を洗い流す、除夜の鐘が響き渡った。
兎草はそれを合図に、抜き放った刀を、天から地へと一閃させた。
闇夜に木魂する鐘の音に、呼応するように、刀身が煌く。
円を描き、真一文字に空を切る。
剣舞の型を一つ一つ、丁寧になぞり、穢れを祓う。
それに衣擦れの音、刃の走る音、そして、兎草の吐く白い息が重なった。

「家長、お前さんは・・・俺が兎草の傍に居ることをどう思う?」
眼前で繰り広げられる、神へ捧げる舞いを観ながら、馬濤がぽつりと口を開いた。
「契約にどう・・・」
それに大輔は片眉を吊り上げる。
馬濤が何を言わんとしているのか、察しがついたからだ。
「以前にも言ったと思うが、それにわしは関知せんよ」
「・・・・・」
「お主と兎草の契約だからな」
大輔はそう言って、暫し、黙考した。


往く神の眩い光。
刀を縦横に振るい、穢れを祓う、兎草の舞い。
白刃は滑らかに、止まることなく、型をなぞっていく。
冴えた空気そのままに、兎草の纏う気が研ぎ澄まされ、白い光を放つ。


その光景に、馬濤の口から、言葉にならぬ溜息が零れた。
微かな音。
大輔は視線をそのままに、口を開いた。
鬼喰いの心を垣間見た、それ故に。
「黒は」
その威厳溢れる声に、馬濤の意識が張り詰めるのを大輔は感じた。
しかし、そのまま言葉を継ぐ。
「元来、穢れを表すとされるが、わしはそうではないと考える」
「──────」
「あくまで、黒とは白と対なのだ。それなくして、互いが存在できぬ理の上にある」
大輔は再び黙し、それから、黒布が覆う馬濤の目を見遣った。
これが先程の問いに対する答えだとでも言うように、ゆっくりと言い聞かせるように口を開く。
「穢れ、という言葉は人間が与えた意味でしかないのだ」
「──────」
「心の内の囁きが、お主に何を告げているのか。わしには計り知れぬ事だがな」
鬼喰いがじっと耳を傾けている。
「──わしは、違うと考えておるよ」
これが、大輔の心、内なる囁きが与えた答えであった。
「・・・俺は穢れじゃない、か?」
望んだ答えであるはずなのに、少し困惑したような鬼喰いの言葉に、大輔は口の端を引き上げた。
その問いこそが、穢れではない証だと、この男は気付いていないようだ。
「穢れであれば、あれは傍には置かぬだろうよ。初めて逢ったその時からな」
惑い、縋り、求め。
強さと弱さの移ろう心。
だからこそ。
こういう男だからこそ。
小さな孫が今の形を選択したのだ、という事にも、気付いていないのだろう。
大輔は兎草の張り詰めた背を眺め、そして、次いで鬼喰いの隠された目を見た。
「新玉の年を、馬濤、”お前”も迎えるのだ。その傷もやがて己を解き放つであろう」
「──────」
「人はそうやって生きる。死して後も然り。繰り返し、積み重ね、交わり、生きていくのだよ」

除夜の鐘が鳴り終わる、その瞬間。
兎草は、最後の穢れを断ち切り、くるりと刀身を回転させると鞘に戻した。
キィンという鍔鳴りが、静寂の中に消えると、今度は素子が扇をふぁさりと広げ舞い始めた。





新玉の年、来たり。
言祝ぎの舞いを踊り捧げよ。
幸いかな。
幸いかな。
穢れなき年、孵る。
穢れなき、年、孵る。






新玉の年を迎える、全ての者モノに幸いあれ。


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武藤なむ