2006年12月20日(水) |
鬼の守人 ─嚆矢─ <十四> |
気が付けば、十四。 大幅に、増えたワァ(;´∀`)
今、書き上がってる分とこれから書く分。 このままいくと、二十を超えるかもしれない罠。 嗚呼。
十四、開花
「お前、結界、張れるか?」 そんな、思考する兎草の耳を馬濤の低音が掠めていく。 「え?」 咄嗟のことに、何を言われたのか分からず、兎草は聞き返した。 それに、馬濤は困ったように首を傾げ、もう一度ゆっくりと先程の言葉を口にした。 「結界、張れるかって訊いたんだよ。どうだ、兎草?」 見下ろしてくる馬濤を見上げ、兎草は眉を寄せた。 自分の無力を突き付けられた気持ちになって、表情が険しくなってしまう。 そんな術は使ったことも無い。 自分には、使える術など、何一つ無いのだ。 兎草が何も出来ないことは、守護に憑いた馬濤だって知っているだろうに。 「──俺は、結界なんて張れないよ。どうやって、力を使えばいいのか、解んないんだから」 なげやりにそう言い、今度は情けない気持ちになってくる。 けれど、それが真実であり、事実なのだ。 結界なんて張れない。 見栄を張って、嘘はつけない。 兎草はぎゅっと口を引き結ぶと、俯いた。 しかし、それを聞いても尚、馬濤は言葉を続ける。 「ヤり方は、識ってんだろ?素子が言ってたもんよ、方術式はもっとチビの時から頭に入ってるって」 兎草は、それに顔を上げた。 確かに自分の意思で術を使えはしなかったが、何も知らないでいることが嫌で、大輔達から聴いたり書物を読んだりして、色々なことを覚えていた。 識っていた。
自然の理。満ちる気、その流れを掴む方法。 それを利用する為の知識と、言の葉。 術者の力を導き出す、謂わば、呪文のような数々の術式。
確かにそれを知識としては識っているが、実践できたことはないのだ。 「確かに、識っては、いるけど・・・出来ないよ」 兎草は詰まる咽喉をなんとか開いてそう言う。 けれど、その言葉を優しく否定する、馬濤の重い声が降ってきた。 「それは、出来ないんじゃねえ。ヤラねえだけだ」 馬濤の言葉に、内側が、疼く。 何か、図星を刺された気がして、兎草は黙った。 反論する事も出来ない。 馬濤は、そんな兎草を見下ろして、笑った。
「お前が、望めば、出来るはずなんだぜ?兎草」
何故だろう。 いつだって、この男の言葉は、兎草の奥に届く。 胸の中に響いた馬濤の言葉に呼応するように、自分の内なる声がした。
そうなのだろうか。 いや、そうなのかもしれない。 力が無い、そういう訳ではないのだから。 自分にも、力は在る。 出来ない、やれないと、己を縛っているだけで。 もし、出来るのだと、自分が真実そう思えば。
じゃあ、自分は力を使うことが出来る? 兎草の茶の目が、微かに、揺れた。 その揺らぎに気付いた馬濤は、柔らかな笑みを口の端に浮かべた。 「お前は、持っている力を使う心を識らないだけなのさ。解るか?それは術式の事とか、そういう事じゃねえ」 それから、少し考えるように俯いて、 「・・・そうだな、いわば覚悟みてえなもんだろ」 と言葉を紡いだ。 胸を揺らす言葉をただ、兎草は黙って聴いている。 「お前は、あの力みてぇに優しすぎる。無意識に、誰も彼も傷つけたくないと、思ってるのさ。それが悪いモノだとしても、単純に切り捨てていいと思えない。それがお前の心で、力の源でもある。だからこそ、お前の力は閉じたままなんだ」 「閉じたまま?」 小さな反問に、馬濤は頷いた。 「そうだ。いいか、兎草。力は、何かを傷つけ壊すだろう。でも、それを使う者の心で、必ず、新しい何かを創り出すものでもあるんだ。お前の揮う力は、そういう力なんだ」 そうして紡がれる言葉が、兎草の内の隅々に、響き渡る。
「お前は、やれるんだよ、兎草」
優しい、声。 兎草は、唇を噛み締めた。 自分には、こうして、隣に居てくれる存在がある。 教え、諭す様に、言葉を尽くしてくれる人が。 自分でも気付かない、気持ちを汲み取ってくれる人が。 「人間は守るために戦い、それ故に傷ついても、絶えず生き、歩みは止めない。そして、傷をつけたり、つけられたり。誰かに癒されたりしながら。全部を抱え込んだまま、生きていくんだ」 馬濤は、そう言いながら、兎草の頭を撫でた。 「いいか、兎草。間違うな。力は、闘う事は、悪い事じゃない。それを揮う心が重要なんだ。お前がどんな心で力を揮うか、それが・・・」 「──大切」 馬濤の言葉を遮り、兎草がその先を続けた。 大切、と口にのせると、不思議と心が落ち着いた。 真っ直ぐに、馬濤の顔を覆う黒布、その奥を見詰める。 「自分の心が、大切なんだ」 心の定まった、視線の強さを感じたのだろう。 露わになっている馬濤の口許が笑んだ。 「そうだ。心の在り様が、力の質を決める。解るな?」 兎草は頷いた。 それは、大輔の教えでもあり、馬濤の得た心でもあり。 そして。
兎草が求めていた、力でもあった。
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