| 2006年03月06日(月) |
BT30題「12) ロッカールーム」 |
BT30題。 犬ベース。 短文。
「4)ツーマンセル」と対になる話だったり。
微妙に恥ずかしいのは、何故でしょうか(笑) まぁ、こんな話もありでいいよねーと。 ←開き直り?
男はスーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩める。 その動きを義眼で追う。 ロッカールームに設えられた簡素なベンチに腰を下ろした男は、膝の上で手を組み、大きく溜息を吐いた。
「時には犯罪者の命も救わなきゃならない。全く、因果な商売だな」
穏やかな低音が、人工鼓膜を振るわせる。 拭いきれない疲労が、そこに含まれていた。 ロッカーの電子ロックを外し、ジャケットを脱ぎながら振り向くと。 男が俯いて、少し長い髪が、肩から零れ落ちているのが見えた。 表情は解らない。
「”人命は等しく尊い”」
男の頭に向かって、他人が語った言葉を告げた。 確かに、その通りではある。 ヒトは生まれながらに尊く、平等だろう。 しかし、それは嘘だ。 誰もが尊い命を持ち、等しく平等であるならば。 被害者などという哀しい存在は生まれない。 加害者という忌むべき者も。 人は生まれ、生き、死ぬまで。 平等と不平等の間を揺れる振り子のように彷徨うのだ。 時に大きく、時に微かに。 己の意思と係わりなく、何者かの手によって、尊いはずの命を揺らされながら生きる。 これは誰もが、知っている事実だろう。
「解ってるさ」
ちっとも解ってない音が、男の言葉には含まれている。 青いな。 口許に、笑みが浮かんだ。
そういえば、この男は感情の起伏の激しい男だった。
ふいに甦る記憶。 自分が捨てようとした、過去。 あの男はまだ新米で、無知で。 けれど、どんな困難にも退くことをせず。 ただ真っ直ぐに、甘さと青さを内に留めたまま、世の暗部に挑み続けていた。 生身という、脆い器のまま。
「奴をE国に引き渡せば、この国はノドから手が出るほど欲しいモノを手に入れることが出来る」
男は淡々と話す。
こんな話し方を何時からする様になったのか。 それは、あの女が電子の海に消えてからか。 この男は、いつの間にか、多くを語らなくなった。 まるで自分に同調するように。 甘さや青さを内に秘め、皮肉のように、他人の言葉で返してきた。
「それが、この国に多大な益を生み出す、か」
溜息のように吐き出された言葉に、静かに答えを返してやる。
「────金の卵を逃す手はない」
返事は、重い吐息。 男の肩が微かに上下する。 それを見下ろしながら、
「しかし、罪が消えた訳でも、許された訳でもない。奴は、E国に戻ればそれなりのメに遭うだろう。あの国でも、犯罪者だからな」
言葉を続ける。
「全ての情報を引き出された後の末路は、お前にも解るはずだ」
男は、俯いた顔を少しだけ上げて、微かに頷いた。
「其処に在るのは、きっと死だろう」
それが罪に与えられる最上の罰なのだ。 そうだな、と小さく呟いた男は、また俯いてしまった。 動作に合わせ、髪が、また。
はらりと、散る。
瞬間。 理由は解らない。 ただ、それに触れてみたくなった。
全てを拒もうとした自分を。 最後まで、見続けた男。 生身の内に燻る熱を抱いて。 ただ黙って見つめ続け、後を追ってきた。 不思議な男。
あいつが、拾い上げた、生身の男。
そっと触れてみると男の身体が、一瞬、緊張を孕んだ。 しかし、すぐにそれは解けた。 大人しく、そのまま、じっとされるがままになっている。 生身の温かさが、掌から沁み込む。 しなやかな強さ、そのままの熱。 造り物でない、生身の感触がした。
「バトー?」
掠れた声が、不安げに名を呼ぶ。 突然の触れ合いに、戸惑っているのかもしれない。 けれど、そのまま。 髪を撫でる。
「お前は、変わってないな」 「え?」
弾かれたように、男の顔が上がった。 その目が、真っ直ぐに自分に向かう。
少しこけた頬。 意思の宿る、目。 手入れされず、伸び放題の髪。
表層は変化する。 義体とは違い、生身は一瞬ごとに変化していく。 青さは研ぎ澄まされ、老練し。 甘さは時を経て、強かさに。 けれど、深層は。
この男の本質は、一つも変わっていない。
「変わらない強さもある、か」
戸惑いを映しながら、真っ直ぐに、義眼を見返す。 生身の瞳。 生きる力強さを見せ付ける。 その視線を。 何故だろう。
心地好く、思った。
END
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