空色の明日
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2011年04月04日(月) 日本の照明

「日本はあまりにも煌々と照らしすぎる」

私の学生時代の恩師の言葉です。

私は学生時代に建築やインテリアを勉強していました。
インテリアを教わった先生の
日本の蛍光灯文化について

「戦後に日本から闇を一掃しようとして
生まれたのが、蛍光灯で隅々まで照らす文化だ」

というような講義が頭に強くこびりついています。

電球は局所的に照らすものであり
蛍光灯は広域を明るくするもので
元来、ろうそくの灯は電球的な役割だったので
ヨーロッパなどでは家庭でつかう照明は
電球を使って明暗を受け入れる生活を続けているが
日本は職場や商業施設のみならず
家庭まで闇を排除する文化に育ってしまった。
これは一見とても便利で明るくて良いように感じるが
明と暗の対比があるからこそ奥行きが生まれ
暮らしにメリハリが生まれるのだ。

そのようなことを習ったことをふと思い出しました。


私は家に帰って食事の支度をするとき
たいてい旦那さんはまだ帰ってなくて一人のことが多い。
リビングとキッチンの電気をつけて
「さぁ、作るぞ」と思ったとき
「あれ、なんでリビングの電気つけるんだろ」
と思った。

たぶん子供の時から家族がいて
誰かがリビングにいるから
母親がご飯の支度をしてる時は必ず
リビングに電気がついてたんだ。
でも、今は違う。私一人なのだし。

きっとなんとなく暗いのがいやでつけてたんだな。
インテリアに電球を取り入れて
雰囲気を作ることに頭がいってたけれど
根本的に「必要ないから照らさないで生まれる闇を受け入れる」のに
無関心になってたな。
闇を怖がるのって人間の本能だけど
闇を受け入れてる文化のほうが多いのだから
これからはそういう生き方も日本人に必要なのかも。


安藤みかげ