空色の明日
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家族の付き添いはどこまでするのか。 個室だったこともあり他の患者さんへの 遠慮というものはしないですんだのは もう退院できないという状況を理解してくれての 配慮でもあったと思いますが。
まず喋ることができず、そして 癌の進行を遅らせるために栄養の点滴も最低限に減らし 筋肉がなくなり手も自分で上げられなくなってきた頃。 何か苦痛があったとしてもナースコールも自分で押せず また、点滴が漏れていても眠っていて気付かない そんな状況であるので、放っておくと そのまま点滴が漏れ続けて手はパンパンにむくみ 何よりも安定剤と麻薬が切れると 自発呼吸がおきて人工呼吸とのバランスが おかしくなりとても苦しむことになるのです。
それで、夜を除いてはずっと母か私が そばについていてナースコールを押したり 手足をマッサージしたりする役割になりました。
看護士さんによってはそれを疎ましそうに する人もあり「なんでそんなにずっといるの」と あからさまに態度に出ている人もいたのは確かです。 もう一緒にいる時間は残りわずかなのだから そばにいたいのは家族として当たり前だと思うし その気持ちの大きさは人それぞれで 我が家は「一緒にいること」だけを 大事に過ごしてきた家族なので それをわかってくれとは思わないけれど そんな目線が悔しく悲しい気持ちになることも ありました。
そんな中でも「私が今まで出会ったご家族の中で おたくはベスト3に入りますよ!」と言ってくれる人や 「お父さんは本当に幸せね。 よかったね!みんながいつもそばにいてくれて」 と言ってくれる看護士さんももちろん大勢いました。 そういう言葉に支えられて、そして 私たち家族の体のことも気遣ってくれて 「今日は体調がよさそうなのであとは任せて 早めに帰って休んでください」という言葉に 張り詰めた心がほぐれていく思いでした。
夜、病院の前の道を歩くと 入院したときには枯れ木のようだった遊歩道が 満開の夜桜でした。 これから桜を見るたびにこのつらい気持ちを 思い出すのだろうかと思うと 胸の奥がきゅっと縮む感じがしました。
安藤みかげ
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