空色の明日
DiaryINDEXpastwill


2002年04月10日(水) 「普通」と「特別」

木更津キャッツアイのDVD−BOXを予約してしまいました(笑)
お店で注文するのは恥ずかしかったけど、タイトルを言ったら
お店のお姉さんが「あぁ、ドラマですね」ってニコッとしてくれたので
「わかるあんたは偉いよ!」と誉めてあげたくなりました。
これからも愛用させていただくよ、HMV。
そして既にもう例のポイントカードは折り返し地点に到達してます(笑)はやっ!

HPの特別BBSにも書いたんですが、この木更津キャッツアイで
余命3ヶ月の主人公が「普通」を求めることに関して思うこと。

「普通」っていうのは自分が「普通」じゃないと思う状態にある時に
求めるものですね。

一般的に見て普通じゃなかった7年前の神戸に住んでた私としては
とりあえず「普通への憧れ」ってやつをちょっとばかし経験しまして
思った事なんですが、普通じゃないって人が思ってても本人は普通と思ってたり
逆に周りが普通と思っていても本人はそうじゃなかったりします。

ようはどっちが自分の気持ちにおいて都合がいいかですね。

例えば家を失って他の人から見れば普通じゃないと思えても、本人が
そんなことで気を落としたくない場合は「家族が元気なら普通だよ」と
言うこともできるわけです。

逆に水道やガスが止まっちゃってお風呂が湧かせない時に
「銭湯だー!大きなお風呂だー!」と特別を楽しんじゃう私みたいな人は
普通じゃないことを優先したりしますね。

結局「普通」と「特別」は気持ちの上で不幸と思うかどうかなんじゃないでしょうか。
不幸と思った時、「せめて不幸じゃない人と同じになりたい。
幸せじゃなくてもいいから。」ってことを「普通になりたい」って表現
するんじゃないでしょうか?

私みたいに不幸もあまり不幸と考えないようにしちゃう人は
「特別」は「特別」なりの「あまりできない経験」としてそれなりに
味わってみたりしちゃうから「普通」にあんまり憧れないのかもね。
まぁ、笑って「特別!」なんて言えるうちは、全然不幸でもなんでもないんでしょうけど。


安藤みかげ