空色の明日
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オリンピックも全然観ぬ間に終わってしまいましたが、オリンピックを 観る度思うこと。
「期待」ってなんで存在するんだろう。 世の中で厄介なものの3位以内に入ると思う、「期待」。
「期待」ってする方もされる方も、なんの根拠もないその「期待」という ものに振り回される。
期待する方は、結果がその期待にそぐわないと失望が倍増するし、 期待される方は、期待に添うために必要以上の無駄なエネルギーを 使う羽目になったりする。
なんで「期待」なんてものを神様は創ったんだろう。
確かに「期待通り」の結果が出た時、期待した側とされた側の両方の 感動は結果以上になるかもしれない。 でもその確率は「期待通り」にいかない時より小さい気がする。 だって、「期待」ってやつは人によって大きさが違うし、何より空想みたいな 形のないモノで期待されてるほうはそれに気づかないことだってあるわけで。
そんなことなら「期待」なんてものがこの世からなくなって 全てが結果だけだったらどんなこともストレートな気持ちで受けとめられるのに。
そう考えて私の中から「期待」というものを抹殺してずいぶん経ちます。 物事に対する不服がずいぶん減りました。 欲もなくなった気がします。 でも「期待」というものを神様が創ったのにはきっと何か理由があるはずで きっとそれにいつか直面する時がくるかもしれません。
誰か、「期待」のメリットについて教えてください。
安藤みかげ
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