空色の明日
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今の日本人は「憎む」ということを「悪いこと」として教えられて 育ってきたと思う。 「憎む」ということは恥ずべきこと。 「憎む」ということはしてはならないこと。 「みんな仲良く」「どんな人にもいいところはある」と教えられて 育ってきたと思う。
だから指導者や代表者という人は少なくとも表向きだけでも 「みんなが幸せになるために」というような顔をしている。 当然「憎むべき○○をやっつけろ!」なんてことを掲げては 代表者になれないのが今の日本だと思う。
おそらく「あの」国の人にはこんな生ぬるい国の事なんて想像もできないだろう。 過去に「カミカゼ」を吹かせた日本は、もう微塵も残っていない。 今の私達には、「あの」国のことは理解できない。 でも「カミカゼ」の時代の日本はなんとなく似てはいないだろうか。 敵国を憎むことを「よい事」とし、それに反対すれば世間から 非国民と呼ばれた時代である。
今、「カミカゼ」のごとく自らとそして大勢の罪もない人々の命を 巻き添えにしながら「憎しみ」をぶつけたあの国の人々。 その「憎しみ」の本当の意味がどこにあるのかちゃんとわかっているか。 もちろん「憎しみ」を捨て去った今の日本人にそんなこと言う権利はないけど。
日本にだって戦争で家族を他国に奪われた人は大勢いる。 でもその人たちがその「憎しみ」をぶつけないで堪えていたから 私たち戦争を知らない世代が心穏やかに暮らしている。 あの時その「憎しみ」にストップをかけてくれた世代に感謝して 私たちは生きなくてはいけない。
世界の「憎しみ」はいつになったらストップするんだろう。 今アメリカの人たちの中に新しい「憎しみ」が生まれている事は間違いない。 月並みだけど「憎しみ」は「憎しみ」以外なにも生まないのである。
安藤みかげ
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