空色の明日
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最近だんだん自分が前に何を書いたか忘れ始めました。 振り返るにももう3ヶ月。 一度書いて削除したネタなんかもあって、 「あれ?これ前書いたっけ?」なんてことがだんだん 増えてきてます。 「これ読んだことあるぞ」ってのが出てきても許してね。
これは夏のある日曜のお昼過ぎ店でのできごと。 昼ご飯のラッシュが過ぎてちょっとのんびり店番を していたら近所のグラウンドで草野球をしてたっぽい 4〜5人の男の人達が汗もおさまらぬまま入ってきました。 いままで白熱した試合が行われたことが手に取るように わかるほど息をきらし汗がひかり、楽しそうにビールの 売り場へ直行。 手に手にビールとおつまみやちょっとしたお惣菜を もってレジに並びました。 その中の1人が温めて食べられるようなお惣菜を カウンターに置き、他のものを取りにレジを離れたので 「こちら、温めましょうか?」と声をかけたら無視された。 まあ、よくあることだけどあんなに大きな声で言ったのにと ちょっと心がカサっとした。 他のものを手にレジに戻ってきた彼にもう一度聞くと コクンと頷いたので電子レンジへ。
すべての会計が終わって最後の人が店を出た瞬間 「しまった!!!」と思った。 なんと最後の人が出てみんな揃った時、表でワイワイ と手話で話し始めたのです。 (ワイワイというのもなんか変ですが) さっき心がカサッとしてしまった私はなんて失礼な事を 考えたのだろうと・・・。 日曜の昼に野球のユニフォーム姿で汗をかきかき、息せき切って 入ってくる人と耳が不自由な人が私の中でつながっていないと いう差別的な考え。
そしてその次に「しまった」とそこで感じてる自分に 更に自己嫌悪。 「しまった」と思う「失礼な事を考えた」と思うその事が 心の中で耳が聞こえないということを特別視してるんじゃないかと。 素直に「ああ、聞こえなかったんだな」でいいじゃないか。 乙武くんのいう「心のバリアフリー」てこういうことじゃないかと。 特別扱いせず自然に振舞える事がいいんじゃないのかと。
でもいつも思うのです。 店に車椅子のお客さんが来たら 「高い棚のものはとりますから言ってくださいね」と 言いながら心の中で 「私があの人だったらやっぱり声をかけるのは めんどくさくて我慢しちゃうよな」って。 なるべく声をかけやすいような近くでさりげに作業したり してるんだけどそれももしかしたらその人には プレッシャーなのかな・・・とか。 何が本当にその人にとって一番いいのか考えるほどに わからなくなる。
むしろ「取って」と言われて当たり前、「取って」と言って 当たり前の世の中になったらずっと楽だろうに。 日本人はいい意味でも悪い意味でも遠慮がちな国民なので それが浸透しにくいのか? 乙武くんのように積極的な性格の人は「取って」って 言えるだろうが私のようにめんどくさがりだったり 引っ込み思案の人だったらそれはやっぱり心の負担だろう。
「取って」と頼まれてイヤだと思う人なんてまずいないと思う。 結局「心のバリアフリー」で一番エネルギーを使うのは 「取って」と言う勇気を必要とする本人なんじゃないかしら。
考えても考えても答えはでない。 ただ勇気を出して「取って」と言ってくれたその人に 笑顔を返してあげる事でプラスマイナスゼロにしようと 自分を納得させて・・・。
安藤みかげ
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