紫
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昨夜は火の番で、葬儀会館に泊まりました。
珍しく母がビールを飲み、珍しく母が夜更かしをしていました。
テレビのないひっそりとした部屋だったけれど、昼夜問わず通りを走る車の音が、その静けさを乱してくれていました。
深夜に訪れた突然の弔問客に驚きながらも感謝をしながら、今日になりました。
告別式は、いちばん遅い時間帯しかあいていなくて、午前中は母と会場近辺を散歩。
よく晴れ渡った、気持ちのおだやかになる空を眺めながら、てくてく、てくてくと歩きました。
「こんなにいい日になるんだから、悪い人じゃなかったんやね」
ときどき、気丈にも故人をしのぶ母の言葉に胸が詰まるけれど、今は泣いている場合ではありません。
私じゃない。私がいちばん悲しいんじゃない。
そんな、どうでもいい言い訳を自分に言い聞かせて、てくてく、てくてく歩きました。
昔、よく母と通った「立ち食いうどん」を久々に食べ、ほのぼのとあたたかい川沿いの道をのんびり歩きました。
今日の空と、このうどんの味を、私はきっと忘れないんだろうな。
そんなことを考えながら、「私がしっかりしなきゃ、なぁ……」と思いながら、葬儀屋さんといろんな打ち合わせを済ませました。
打ち合わせ、といっても、気心知れている親戚しかいないので、それほど大したことはありません。
きのう、初めて会ったお坊さんは、とてもとてもいい人で、その優しい言い草に、これまた胸がぐぐっと詰まるけれど、それはこらえて、その時間を待ちました。
きのうより落ち着いていました。
でも。
きのうより気持ちがざわざわしていました。
これまで、家族を守ってきた気の強く、友の多い母からの、文句を含めた父との思い出」をぽつり、ぽつりと聴きながら、空を見上げ……。
そして、いろんな人に弔問の申し出のお断りをして。
14時。
告別式が始まりました。
きのうと同様、とてもとても、あたたかくて、親戚たちが私と末っ子の母を見守る「親」のようなまなざしに、悲しみよりも感謝の気持ちがこみあげてきて、おかしなことに私は微笑んでいたかもしれません。
なぜか、今は老人ホームにいる祖母との思い出が走馬灯のようにかけめぐり、フシギと涙はこぼれませんでした。
そして、故人との最後の対面を済ませて、父は火葬されました。
終わったな。
子どものころの、バレエの発表会が終わったときに似ている「達成感」のある気持ちを懐かしく感じながら、こんなときにしか顔を合わせない親戚と、子どものころの私やいとこたちの話しで盛り上がり、「お疲れでませんように」と心のこもった常套句を、ありがたく受け止めて、家に帰りました。
父の部屋に四十九日までの祭壇(?)を作り、お線香をあげると母が言いました。
「ずっとこらえていたけど、やっぱり寂しいなぁ」
目を真っ赤にした母の本音を聞きながら、私も子どもころのように思いっきり泣ければいいのだけど、喪主に代わって、私にはまだまだこれからするべき手続きがたくさんあるのです。
なんとなく「一家離散」した日のことを思い出しながら。
そのときと、なんら変わっていない弱い自分を、たしなめて。
おやすみ。
おやすみ。
おやすみなさい。
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