「いいか? 初手でぶん殴れ!」
神妙に聞く岡におれは言った。
「相手の鼻をへし折るつもりでど真ん中を殴るんだ」
「そう。それから反撃の隙を与えずに殴り続ける。これは全力でなくてもいい」
隣に居る塔矢がおれの言葉を引き取って続ける。
「でも決して自分は殴られるな。そして徐々に弱らせろ」
「はい」
素直に頷く岡におれ達はさらにアドバイスを続けた。
「選択肢があるように見せかけて追い込め、最後は必ず土下座させろよ」
「そして二度とふざけた口がきけないように中途半端に許すな。必ず息の根を止めるんだ」
「…わかりました」
ありがとうございましたと言って岡は去った。
何かと言うと嫌がらせに対する対処法だ。
最近実力をつけてきた岡は同世代や少し上の年代の棋士に嫌がらせをされているという。
なので、相談を受けたおれ達はどうしたらいいのかを伝授してやったというわけだ。
何しろおれも塔矢もその手の嫌がらせは沢山受けて来ている。
ぶん殴って黙らせるのが一番だよなと、そこでおれ達の意見は一致した。もちろん『碁』で、であるが。
「岡くん、上手くやれるといいけれど」
心配そうに塔矢が言う。
「大丈夫だろ、あいつあれで結構男気あるし、実力で相手を黙らせるだろうよ」
そう。岡は実力で嫌がらせを抑え込んだ。
しかしそれは『碁』ででは無かった。なんと本当に待ち伏せして相手を殴り倒したのである。
謝罪する相手を更に殴りつけ、最終的には土下座させたという。
「進藤さん、塔矢さん、おれやりました!」
後に最高の笑顔で報告されて、おれ達は慌ててアドバイスを訂正したのだけれど、時すでに遅し。噂は一瞬で広まり、おれと塔矢と岡は一か月の謹慎処分を受けた。
「…まったく、なんでこんなことに」
「仕方無いだろう、ぼく達も言葉が足りなかった」
自業自得と言うものの、それから長い間おれと塔矢は日本棋院の『裏番』として名をはせることとなり、皆に道を開けられるようになったのだった。
end
※裏番は死語ですね💦
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