ぼくの身長を追い越したと解った時、進藤はとても喜んだ。
年に一度の健康診断。それで身長が並んだ時も大喜びだったが、ここまではしゃがれるとさすがにぼくもむっとする。
「背で追い越してそんなに嬉しいか?」
『で』に力を入れて言ったのに、進藤は全く気にした様子も無い。
「そりゃあもう!」
にっこりと満面の笑顔で続ける。
「だって、ずーっと、ずーっと、ずーっと、おまえより背ぇ高くなりたくてたまらなかったんだから」
最高に嬉しいよと。
元々進藤の方がぼくより少し背が低かった。彼がそれを気にしていたのは知っていたが、そこまで拘っていたとは思わなかった。
「碁で勝てないから、身長で勝とうなんてあまりにも品性に欠けると思うけど」
「へ? ちゃんと勝ってるじゃん。公式戦で勝ったことあるし、碁会所でもこの間勝った」
「三勝一敗の一敗だな」
「一勝二敗の一勝だって!」
不服そうに言い直して、でもそーゆーことじゃないしと呟く。
「それならどうしてそんなに身長に拘る」
「だって、キスする時し易いじゃん!」
見上げる形になるよりも、見下ろす形でする方がやり易いし様になると平然と言われて沈黙した。
「・・・は? ・・・え?」
聞き間違えだろうかと思った。
「済まない。もう一回言って貰えるか?」
「嫌だよ。武士に二言は無いって言うじゃん」
だからおれも一度しか言わないと。しかしそれは意味が違うといくら言っても聞く耳を持たない。
「それから」
にやっと笑って進藤は言った。
「告る時にも背ぇ高い方がいいよな。なんとなく」
「ごめん、もう一度」
「だから言わないって言ってんだろ。ちゃんと聞いてないおまえが悪い」
でもまあそういうことだから牛乳あんまり飲むなよなと言って進藤は去って行ってしまった。
「森下先生に呼ばれてんだよ。だからまたな!」
そんな卑怯なとか、せめてもうひとことくらい何か言って行けとぼくはごにょごにょと口の中で呟いて、でもこれからは牛乳を控えようと誓ったのだった。
終
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