進藤の誕生日、ぼくはいつもより早く起きて進藤の寝顔を眺めることにしている。
大抵この日は前夜祭だとか前払いだとか誕生日イブだとか、ろくでも無い理由のせいで進藤は疲れて朝寝坊することに決まっている。
ぼく自身も眠っていたいところなのだけれど、不思議と目が覚めて昨夜を反芻しながら愛しい男の顔をじっくりと見ることになる。
(少し、目じりに皺が増えたかな)
年を取ったというより笑い皺が定着したような感じだ。
(去年より顎の辺りが、がっしりしたような気がする)
中断していたジム通いを再開したのでその効果かもしれない。
(髪は・・・少し傷み気味だな)
今年の夏は正気かと思う程暑かった。
九月に入り、彼の誕生日が近づくにつれて涼しい日も増えたが、それでもダメージを受けたんだろう。
(行きつけの美容院があるくせに、美容師は何も言わなかったのか)
眉を顰めかけて、ああ、そんな悠長なことはしていられなかったなと思いだす。
タイトルを賭けて命を削るような碁を打ったのはまだつい最近のことだ。
もしあれがもう少しずれていたならば、今頃こうして穏やかに二人で寝てなどいなかっただろう。
「少し・・・痩せたかな」
小さく呟いてしまう。
(肉、それと面倒がって食べないから野菜と果物も)
不足している栄養素はどれだろう。
タイトルがかかるとぼくも進藤も他がどうでもよくなってしまう。
ぼくよりはるかに食べることに執着のある進藤でも、一日二日何も食べないことがざらにある。
タイトル戦でぼく達を支えてくれているのは笑いごとでは無く、対局の合間に出されるおやつだと思っている。
二日目に出されたパンケーキは美味しかったなと考えて、そうだ朝食はパンケーキにしようと思う。でも寝そべったまま、ぼくの体は指先一つ動かなかった。
(もう少し)
普段でもこうして進藤を眺めることはよくある。
確認するように目や鼻や輪郭を目でなぞり、自分の得たものについて考える。 そして失ったものについてもほんの少し。
(でも、結局)
選択は間違っていなかったとぼくはすぐに思うのだ。
進藤以上に欲しいと思う人間はいないし、愛していると思う人間もいない。 こう見えてかなりぼくは心が狭いので、共に暮らす相手には条件が酷く厳しい。
それを楽々とクリアできてしまう進藤は一生に一度、出会えるか出会えないかの奇跡のような存在だと思っている。
「・・・ん、なに?」
物音ひとつたてていなくても、人は見られると感じるものがあるらしい。 進藤が身をよじって薄目を開けた。
「おはよ。おれの顔なんかついてる?」
「そうだな、ぼく好みの額と眉、ぼく好みの鼻と目、それにぼく好みの頬と口がついているかな」
「・・・ふうん」
そして一度目を瞑ってから再び開けてぼやけた顔で再度尋ねる。
「・・・下は?」
答えずにぺしりと頭を叩く。
「おれがおまえの好みで嬉しい?」
「もちろん。良い買い物をしたと思っているさ」
「そうか」
あんまりなぼくの言い分に、でも進藤は、ははっと笑ってそのまま目を閉じた。
「おれ眠いからもう少し寝る。ごめんな」
「いいよ、まだ時間も早いし」
それに進藤が寝ていてくれていた方がぼくにとっては彼を眺める時間が増えて好都合だった。
「・・・・幸せだな」
聞こえない程小さな声で呟く。
「キミの誕生日なのにいつもぼくの方がずっと何百倍も幸せだ」
毎年、毎年、噛みしめること。
きっとぼくは世界一、この世一の幸せ者であるに違いない。
(終)
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