SS‐DIARY

2020年07月14日(火) (SS).ねがいごと


「おまえ、アルマジロって知ってる?」


駆け寄って来た進藤がいきなりぼくに言った。


「え…名前くらいは」

「なんだよ。じゃあクリオネは?」

「ハダカカメガイ。バッカルコーンと言う触手が六本ある。流氷の天使や氷の妖精とも呼ばれるがその補食の様子はかなりえぐい」

「ほー、さすが歩くウイキペディア」


それじゃまたなと来た時と同じくらい唐突に離れて行く。



「塔矢! オカピって知ってるか?」

「ズーラシアにいることくらいは」

「じゃあアイアイが何食うのか知ってる?」

「果物と…虫。ゴキブリなどかな」

「うげっ、知りたくなかった! それじゃあさあ-」


棋院からの帰り、囲碁イベントの会場、若手の集まりの途中、彼が聞いて来るのはいつも決まってぼくが不愉快な目に遭った後だ。


「なあなあ、モリオーガイの本名って知ってる?」


今度はジャンルが変わったか。


「…森林太郎」

「さっすが歩くグーグル先生」

「キミこの間は歩くウイキペディアって」

「どっちも同じだろ。わからないことを教えてくれるのは」


ありがとな!と屈託なく笑って去って行く。

キミ、それは本当にキミの生活に必要な質問だったのかと問いかけたくて、出来ずに黙る。

願わくばいつまでもこんなふうに他愛のないことを聞いてきて欲しい。

進藤が本当はどんなつもりで聞いてくるのか解らないけれど、聞かれた後ぼくは、なんだかその日あった嫌なことがさほどでもないような気持ちになるから。


(だからできればこれからも)


生きるのにどうでもいいような、他愛のないことを脈絡無く聞きに来てほしい。

それが今の一番の願いごとかなと思いながら、街中の七夕飾りを眺めたぼくは心の中の笹飾りにそっと短冊を結んだのだった。


end


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