| 2016年12月25日(日) |
(SS)ぼくのキミへの贈り物 |
「そういえば今日は結局どーすんの?」
朝食を食べながらヒカルが尋ねた。
少し前、アキラから今年のクリスマスには考えていることがあるので何も用意したり計画したりしなくて良いと言い渡されていたのだ。
けれど当日である今日になるまで一切何も言われないので、一体どんなプランを立てたのだろうかと興味津々だったのだ。
(なんだろ、綺麗な夜景でも見に行くのかな。それとも近場で温泉旅行とか)
明後日はお互いに手合いがあるけれど、夜行バスなら充分に行って帰って来られるだろう。
(あ、でもここまで何も無いってことは、家でゆっくり過ごすとかかな)
もしかしたら徹夜で打ちたいと言うかもしれない。そうだったらそれはそれで最高だとヒカルは胸の中でそっと笑った。
(なんだかんだ言って、塔矢って碁馬鹿でおれ馬鹿だもんなあ)
わくわくと尋ねたヒカルに、食べ終わった食器を流しに片付けようとしていたアキラは振り返ってさらりと言った。
「ああ、今日ならぼくは実家に帰るから、キミは夕食を一人で済ませてくれないか」
What?
一瞬思考停止したヒカルはすぐに慌てて尋ね返した。
「は? なんで? 今日はクリスマスイブだぜ?」
「うん、だから実家に帰るって言っているだろう」
会話が全く噛み合わない。
「待て待て待て、何? 塔矢先生達に帰って来いって言われたん?」
「いや? お父さん達は年明けまで台湾でその後は箱根に行くって言っていたけど」
「じゃあ無人? 何が悲しくておれを放っておいて一人で実家で過ごすんだよ」
「だからクリスマスイブだからって言っているじゃないか」
さっぱりわけがわからないままヒカルは椅子から降りると、床にぺたりと伏せて土下座をした。
「なんだ? どうしたんだ進藤」
「いや、わからないけどどうせなんかおれがやらかしたんだろ、それでおまえ怒って一人で実家に帰るって言ってんだろう?」
だからごめんなさい、勘弁して、本当に申し訳無かったデスと、ひたすら謝り倒すのをアキラは戸惑ったように見詰めてから言った。
「別にキミは何もしていないけれど?」
「じゃあなんでだよ!」
ヒカルはもう涙目である。
「だから―」
「おれのこともう嫌いになったんなら、こんな回りくどいことせずにはっきり言えよな!」
半ギレで言うヒカルの頭をアキラはぺちりと軽く叩いた。
「落ち着け。別にぼくはキミのことを嫌いになんかなったりしていない。そしてキミが何かぼくにして、それに腹を立てて実家で過ごすことに決めたわけでも無い」
「じゃあ…どうして」
「言っただろう、考えていることがあるって。いつも誕生日やクリスマスにはキミが色々と考えてぼくに幸せで楽しい時間を贈ってくれるから、今度はぼくがキミに同じくらい幸せな時間を贈りたくなっただけなんだよ」
「…それがどうして『ぼっちで過ごすクリスマス』になるんだか、馬鹿なおれの頭にも解るように説明してくれねえ?」
ヒカルの目はまだ疑い深く、口元は拗ねたように尖っている。
「おれはいつでもおまえと一緒に居たいのに、そのおまえが居なくてどうして幸せな気持ちになんかなれるんだよ」
ヒカルの言葉にアキラはふっと嬉しそうに笑い、それからすぐに照れ臭そうに口元を手で覆った。
「本当にキミは…ぼくを幸せにするのが得意だな」
「茶化すなよ」
「茶化して無いよ。本当にそう思うから。でね、キミは今、いつでもぼくと一緒に居たいって言っただろう? ぼくもそうだ。おかしいよね、もう一緒に暮らすようになって10年以上経つのに、それでもキミが居なければ寂しいし一刻も早く会いたくてたまらなくなる」
「だったら実家になんか帰らずにこのままここに居ればいいじゃん」
「うん。でも、だからこそ思わないか? もし一晩離ればなれで過ごしたらどんなに寂しいだろうかって。そしてどんなに恋しく思うだろうかって」
「そんなん…当たり前って言うか」
「じゃあ今度はこう考えてみてくれ。それで散々恋しくて相手に飢えた後で会ったらどんなに嬉しく感じるだろうかって」
ゆっくりと言われた言葉を租借して、ヒカルは、はっとしたような顔になった。
「も…のすごく嬉しいと思う」
「うん」
アキラは満足そうな顔で頷いた。
「いつもの倍、いや、もっともっと嬉しく感じるだろうって思うんだよね。だから敢えて今日はキミと離れてみることにしたんだ」
まだ床に座り込んだままのヒカルは、もにゅもにゅとなんとも言えない複雑な表情の動きをした後で苦笑のように笑った。
「でもそれって、おれがそこまでおまえのことを好きって言う大前提があってこそだよな」
「そう。でも少なくともぼくは今夜キミに飢えて切なく過ごすことが決定なんだ。自分で考えたことなのに、実家に来たことをたぶん絶対後悔する」
だってクリスマスイブだぞ? とため息のように言われてヒカルは今度は苦笑では無く本気で笑った。
「どういうドMだよ」
「ドMで結構。ご馳走をより美味しく食べるための努力は惜しまない方なんだ。そして出来るならキミにもより美味しく食べて欲しいと思っている」
そう言うアキラの目元にはほんのりと艶やかさが漂っている。
「まあキミのことだから、寂しさに耐えかねてぼくを罵りつつ和谷くんの所にでも行ってしまうかもしれないけれど」
もしアキラから説明を聞かされていなければ、たぶん本当にそうしていたのでヒカルは少々ドキリとする。
「し、しねーよ。待つよ明日まで。一人で悶々とおまえの居ないイブを過ごしてやる」
「言ったね」
「言った。だからおまえも覚悟しろよ、明日は悲鳴あげるくらい極上に幸せにしてやるから」
「それはぼくのセリフだよ。キミが嬉しくて泣くくらい絶対に幸せにしてあげるから」
ふっと息が漏れる。
アキラが屈み込み、キスしようとするのをそっと手で止めてから、ヒカルは勢いよく立ち上がり、自分から濃くて深いキスをアキラにした。
幸せなクリスマスの、それは前哨戦だった。
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似たようなシチュエーションの話を書いたことがあるかもしれませんが。
付きあいも長くなって来ると色々技巧を凝らすようになるわけです。
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