北斗杯。
永夏に負けてみっともなく泣いた後、顔を上げたら塔矢が居た。
気を遣ってか周りにはもう誰も居なくて、でも塔矢だけが少し離れた場所でおれのことを待っていた。
心配そうに…でも無く、けれど怒っているわけでも無く、ただ本当に当たり前のようにそこに立っていた。
それを見た瞬間、ああ、おれと塔矢ってこういう関係なんだなと思った。 死ぬまで、いや、死んでも、こんなふうにおれを待っているただ一人。
今までだって塔矢はおれにとって特別だったけれど、それを生々しく実感として感じたのはこれが初めてだった。
これから先、どんなことがあっても塔矢だけはおれの側にずっと居るんだ――。
おれが歩いて行くと塔矢は黙ってハンカチとポケットティッシュを差し出した。
有り難く受け取って使わせて貰う。
「閉会式の前に顔を洗った方がいい、トイレに行こう」
「……順番逆じゃねえ?」
「鼻水が垂れそうだから先に渡したんだ」
びしっと切り口上で言われて思わず笑った。
「なんだ?」
「いや、そうじゃないとおまえらしくないよなあと思って」
塔矢は少しだけ驚いた顔をして、でもすぐにむっとしたように眉を寄せた。
「お望みならさっきの高永夏との対局の感想を今ここで言ってもいいけど」
「わ、それ勘弁。おれマジで泣く」
「だったら余計なことを言うな。もたもたしていると式が始まるぞ」
つっけんどんで冷ややかでとりつく島もない。まるっきりいつもの塔矢だったけれど、歩き出す前、掠めるようにほっとした表情が浮かんだのをおれは見逃さなかった。
(そうだよなあ)
心配していないはずが無い。様々な感情がその胸の内には渦巻いているはずだった。
でもそれをおれには見せないつもりなんだろう。
(…見たいな)
塔矢が何を考えて、何を感じているのか知りたいと思った。
「おまえ、今日これ終わった後ヒマ?」
半歩程先を歩く塔矢の背中に問う。
「別に、何も無いけれど」
「だったら検討しようぜ、今日の。社もそんな速攻では帰らないと思うし」
振り返った塔矢の目が少しだけ大きく見開かれる。
「泣きたくないんじゃ無かったのか」
「今は嫌だけど帰った後ならいいよ。つか、泣かせるの前提かよ」
「いや、だってキミ負けたし」
ぼくだったら粘って最後でひっくり返したと言うのに一瞬本気で憎らしいと思ったけれど、すぐに「だろうな」と素直に思った。
「…だから検討したいんじゃん」
おれの言葉に塔矢がきょとんとした顔をする。
「次は絶対勝ちたいから」
ああと、持ち上がった口角はすぐに顔全体の笑みに変わった。
「そうでないと困る。もっとも、来年も選手になれるとは限らないけれどね」
キミもぼくもと付け足してからくるりと向き直る。
歩き出す歩調には微塵の迷いも躊躇いも無かった。
「……打ちたいな。キミと」
少ししてぽつりと塔矢が言った。
「たまらなく今、キミと打ちたい」
振り返らない背中に、でも表情は解るような気がして、おれは早足で塔矢の隣に並ぶと「おれも打ちたい、おまえと」と返したのだった。
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ちょっとねつ造。北斗杯の後、ヒカルに最初に声をかけるのはアキラで、歩き出すヒカルをちょっと待っている風なのもアキラでそれがたまらなく好き。
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