| 2016年10月08日(土) |
(SS)今日も明日も明後日も |
「はい。食後のデザート」
ケーキの皿を目の前に置いたら、進藤はうんざりしたような顔になってため息をついた。
「またこれ? そりゃ美味いけどさ、さすがにこう毎日だとちょっと飽きる」
「贅沢言うな。キミが食べたいってリクエストした店のケーキだぞ」
言いながらテーブルの向い側に座るぼくの前にも同じケーキの皿がある。
カットしたそれは、数日前の進藤の誕生日に買ったホールケーキの一部だ。
二人所帯で一番大きなサイズを買ったので、まだまだ食べきれず残っているのだった。
「大体さあ、なんでおまえいつも一番デカイの買ってくるわけ?」
甘さを中和するつもりなのか、ブラックコーヒーを飲みながら進藤がこぼす。
「二人きりなんだから一番小さいのでいいじゃん」
「それはできないな」
同じくケーキの甘さから味蕾を守るため、かなり濃いめの紅茶を飲みながらぼくは返した。
「折角のキミの誕生日にそんな中途半端なことはしたくない。祝うなら全力で祝うし、そうでないなら何もしないよ」
「相変わらず極端だな」
ゼロか百しか無いのかよと呆れたような言い回しだが、三ヶ月後のぼくの誕生日には彼もまたその店の一番大きなサイズのケーキを買って来るはずなのだった。
示し合わせたわけでは無い。
競い合っているわけでも無い。
ただ、そうせずにはいられないのだ。
「毎日だって美味しい物は美味しい。そうだろう?」
「う、そりゃあそうだけど、でもなあ」
今年は30歳という節目の年なので、大人っぽく洋酒をかなり効かせたケーキをぼくは選んだ。
飾りもシンプルで、クリームにもほんのりお酒の匂いが漂っている。
それでも甘いのはもちろん甘いが、例年の物に比べると格段に大人向けと言えるだろう。
誕生日当日に見せた時、進藤はそれは喜んだ。
『うわあ、マジか! ここ、かなり前から予約入れないと買えないだろ』
『だからその、かなり前から予約を入れていたんだよ』
飾りに散らした金箔と、ホワイトチョコのメッセージプレートと、それと僅かなココアパウダー。
プレートにはちゃんと彼の名前を入れてもらってある。
それにも彼は喜んだ。
『うわあ、うわあ、ちゃんとヒカルって入ってる。おまえ恥ずかしいから嫌だって言ってたのに』
『それはね。でももうさすがに慣れた』
進藤のためにケーキを買うようになって何年経つだろう。最初は恥ずかしくて名前を入れて貰うことが出来なかったのに、今では怯むことなくオーダー出来るようになってしまった。
『この年になると、息子のケーキを買っていると思って貰えるみたいだし』
おめでとう、3歳のヒカルくんと三本のローソクを手渡して言ったら、進藤は不満そうに口先を尖らせた。
「3歳じゃねーよ、30だよ! それに息子って言うなら、法律上はおまえの方がおれの息子だし」
「キミの子になった覚えは無いよ。伴侶になった覚えはあってもね」
にっこりと微笑んでやると頬が赤く染まる。
籍を入れるまでの関係になっても、彼はまだぼくに対してかなり初心だ。
いつまでも付き合い始めの頃のまま、永遠に恋人としてぼくのことを扱い続けるんだろう。
「覚えてろよ、三ヶ月後のおまえの誕生日には、おれもローソク三本で特大サイズのケーキを買って祝ってやるから」
「別にそんな大きいので無くていいよ。それぐらいだったら日本酒の良いのを買って来てくれた方がいい」
「知るか! とにかくおれはもう死ぬまでおまえの誕生日は全身全霊、全力で祝うって決めてんの!」
それくらいおまえに出会えたことが嬉しいからと、ぼくの大好きな笑顔で笑って言う。
ああ、ぼくも彼に対してはいつまでも初心だ。
微笑まれれば嬉しいし、触れられれば鼓動が速くなる。
出会ってからもう10年以上過ぎていると言うのに、変わらずにときめくのは一体どうしてなんだろう。
「だったらぼくも受けて立つまでだ。来年のケーキは一週間やそこらで食べきれないような特注の物にするよ」
「結局競ってるじゃん」
「それは、負けず嫌いだからね。……キミに関しては」
「おれだって、そうだよ!」
にらみ合って、それから笑い合う。
皿の上のケーキはまだ半分ほど残っていてかなり苦戦を強いられているけれど、きっと来年も再来年もぼく達はこうして互いの誕生日の後に毎日ケーキを食べ続けるんだろう。
甘いとか、大きいとか、胸焼けがするとか愚痴をこぼし、もしかしたらいい加減にしろと喧嘩になることもあるかもしれない。
けれどその光景はなんだか非道く幸せそうで、想像しながらぼくは不覚にも泣きそうだと思ってしまったのだった。
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負けず嫌いカップル。
競い合って最後にはウエディングケーキになればいいと思います。
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