SS‐DIARY

2016年09月04日(日) ((SS)おれ馬鹿



ドラマのロケがあるとのことで、その日棋院は朝からざわついていた。


「主人公が過去に棋士を目指してたって設定があって、今日はその回想シーンの撮影なんだってさ」

「ふうん」


院生時代ということで、エキストラ参加する院生も数多く居て、みんな浮き足だっている。

俳優の誰と誰が来る。憧れの先輩棋士は誰それがやるらしい等々。

撮影の妨げになるのでサインをねだる行為は禁止と通達されていたけれど、写メぐらいは撮りたい。それがダメでも生で見たいと賑やかなことこの上無い。

そんな中でただ一人だけ興味関心一切無く、平常心なのが塔矢だった。

むしろ何故皆がそんなに興奮しているのかが不思議で仕方が無いらしく、説明してやっても腑に落ちない顔のままだ。


「テレビドラマの撮影は、確かに滅多に無いイベントかもしれないけれど、皆が皆その俳優を好きなわけじゃ無いだろう」

「そうだけど、それでも普段テレビや映画でしか観ることが無い俳優を生で見られるかもしれないんだから、そりゃ見たくもなるって」

「ぼくは別に見たく無い」

「うん、おまえはな」


テレビも映画もほとんど観ない塔矢には、どんな有名俳優やタレントが来ても関係無いとしか思えないんだろう。


「でも今回来る主役の俳優、すげえ人気のイケメンなんだぜ」


ここ数年でめきめきと頭角を現していて、人気作に何本も出演している。


「ヒロイン役の子も清純派で人気があってさ、本田さんなんかもう夕べから嬉しくて寝れなかったくらいで」

「キミも」

「ん?」

「キミも興味があるのか?」


ざわつきを避けたくてわざわざ記者室に閉じこもっている塔矢は、読んでいた文庫本を閉じておれに尋ねた。


「キミもその俳優や女優に興味がある?」

「んー、まあそりゃ、どうかって聞かれたら正直あるかな。どっちも人気作に出てるし、おれ、どれも観てるし」

「だったらキミも見てきたらどうだ? 約束の時間までまだ間があるし」


塔矢もおれも今日は手合いも研究会も何も無いのだが、緒方先生に呼び出されていて、それで棋院に来ているのだった。


「ならおまえも行こう、人気ナンバーワンのイケメンだぜ?」


おれが誘うのにため息をついて首を横に振る。


「興味無いって言っているだろう」


そしてさらりと付け加えた。


「それに、キミ以上のイケメンなんかこの世に居るはずも無いしね」

「なっ……」


かあっと顔が真っ赤に染まる。


「な、何言ってんの、おまえ」

「何って、言ったままだけど。その俳優がどんなに人気があるか知らないけれど、少なくともぼくにとってキミ以上のイケメンなんか存在しない。だから見に行こうとも思わない」


あ、でもと思いついたように塔矢はおれを見た。


「その相手の女優がキミを好きになったら困るから、やっぱりキミは見に行くな」


行かないでここに居ろと至極真面目におれの腕を掴んで言う。


「そうでなくてもキミは女性に人気があるのに、これ以上ライバルは増やしたく無い」

「ばっ……」


馬鹿じゃねーのとのど元まで上がった声を辛うじて飲み込む。

相手は人気急上昇中の女優で、相手役は人気ナンバーワンのイケメンで、なのになんでおれなんかに目が行くんだよと。

馬鹿じゃねーの、馬鹿じゃねーの、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。


「どうした? 進藤」


あまりの塔矢のおれ馬鹿ぶりに、嬉しさと恥ずかしさと照れが大爆発して、とても立っていられなくて両手で顔を覆って座り込んだら非道く心配されてしまった。


「気分でも悪いのか? だったらソファで横になっていろ」

「違う」


おまえのこと好き過ぎて目眩がしただけと言ったら塔矢は可笑しそうに笑って、「そうか」と言い、それから「ぼくもキミが大好きだよ」と更なる殺し文句を言ってくれやがったので、おれは座っていることも出来なくなって無様に床に転がったのだった。


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リクエストを頂いたので書いてみました。
どうでしょうか? イメージと合っていたなら良いのですが。

ちなみにこの日二人が緒方さんに呼び出されたのは、ロケ後の片付けのためと万一の時のエキストラ要員としてです。が、本人達には知らされていません。

結局エキストラの出番は無く、真実は知らされないまま終わります。


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