SS‐DIARY

2016年08月12日(金) (SS)夏と冊子と金魚と塔矢


暑い最中、緒方先生に呼び出されて、一体なんだと思ったら記者室に連れ込まれ、後援会の会報の発送を手伝うことを命じられた。


「えー? これ本来は事務の仕事じゃないんデスか?」


山のようなチラシと会報、封筒を見てうんざりしながら文句を言うとじろりと睨みかえされた。


「会報担当の野本さんが盲腸で入院したんだ。佐々木さんは娘さんが里帰り出産で休暇を取っているし、久本さんは腱鞘炎で封入作業が出来ん。小林さんは法事で、友部さんは親戚の結婚式だ」


なんかもう、日本棋院の事務方全滅なんじゃないかと思うくらいの惨状ぶりにさすがにおれもそれ以上文句を言う気になれなかった。


「……でも、それにしたっておれじゃなくても他に幾らでも暇なヤツいるでしょうに」

「おまえだけじゃなくアキラもちゃんと呼んでいるだろうが、ぶつくさ言わずに作業しろ」

「そうだよ進藤、緒方さんはこう見えていざと言う時に呼びつけられる友達も後輩もいないんだから、ぼくらぐらい手伝ってあげないと」


先に来ていて黙々と印刷物をまとめていた塔矢が、顔を上げてにっこりと言う。


「ねえ? 緒方さん」

「そんなわけがあるか! 芦原だって呼べば来る」

「だけど芦原さんに断られちゃったから仕方無くぼく達を呼んだんですよね。お昼と夜ご飯、楽しみにしていますから」


聞けば芦原さんは今日は恋人とねずみの国でデートなのだと言う。


「そりゃそっちに行くな、絶対」

「だろう? なのに結構恨みがましくさっきまで口説いてたんだよ、緒方さん」


くすくすと塔矢が笑うのに、緒方先生は憮然とした顔つきで煙草を咥えた。


「あ、この部屋禁煙ですから」


すかさず飛んだ注意に緒方先生の眉が深く寄る。


「は? そんなこと初めて聞いたが」

「他の日は知りませんが今日は禁煙です。こんなに紙が一杯ある所で煙草を吸って火事になったらどうするんですか」


塔矢は塔矢で徹夜明けの所を呼び出されたとかでめっぽう機嫌が悪い。

まあ、そういうおれも昨日まで遠方に行っていて、やっと休めると思った所だったのだが。


「……取りあえず昼は焼肉だな」


ため息をついてチラシに手を伸ばしたおれに塔矢が頷く。


「靖国通りのイタリアンでもいいんじゃないか?」

「あー、あれな? でも昼からニンニク臭くなるのはなんだから、いっそ鰻でもいいんじゃないか?」

「いいね。坂を下った少し先にある店だろう」

「そーそー、桑原先生があそこ美味いって言ってたからさー」


チラシと冊子と振込用紙を重ねて封筒に入れる。それを一番端に居る緒方先生の前に置いた。


「お願いします」

「それはどっちだ。鰻か? それとも封をしろということか?」


期せずしておれと塔矢の声が重なる。


「「両方」」


顔を見合わせて、おれと塔矢はくくっと笑った。


「まったく……ろくでも無いガキ共だ」

「それでもこうして呼ばれれば来るし、ちゃんとお手伝いもするんですから、どうかそれに相応しく可愛がってやってください」

「そうだよ! 大体緒方先生、この前本因坊のタイトル獲ったばっかで財布潤ってるじゃんか!」

「アキラには寿司、進藤はそうだな、交差点の所の店のラーメンでも食っておけ」

「わ、ひでえ!」


嘘とも本気ともつかないやり取りをしながら、それでも昼頃には作業は半分ほどが終わっていた。


「……もうすぐ昼か。メシに行くか?」


緒方先生が時計を見て促すのにおれは速攻で頷いて手を止める。


「塔矢、メシだって」

「ちょっと待って、きりの良い所までやってしまうから」


塔矢は一番最初、数ページの冊子をホチキスで留める作業をしている。


「……そういえばさ、おれずっと気になってたんだけど、どうしておまえホチキスを留める場所がバラバラなん?」

「別にそんなことは無いけど」

「えー? でも結構揃って無いって言うか、ズレてるって言うか」


言いながら塔矢の手元を見る。

ちょうど塔矢はホチキスを留めようとしている所で、その手が最初に針を定めた場所から迷うように位置を動かしたのを見て気がついた。


「……もしかして、金魚を避けてる?」


パチンと小気味良い音をたてた後、ホチキスを持った塔矢の手が止まった。

実は冊子の表紙の紙には透かしのように金魚の柄が入っていて、ランダムなので決まった場所で留めようとすると希に金魚の真上に針が刺さることになる。

どうやら塔矢はそれが嫌で避けて留めていたようなのだ。


「ほう、カワイイことをしているじゃないか」

「違います!」

「じゃあバラバラな場所で留めずに上下二�僂僚蠅覗管�留めろ、見苦しいだろうが」


さっきの仕返しか、緒方先生はにやりと笑うと塔矢に言った。


「別に金魚の柄を気にしているのでなければ普通に出来ることだと思うが?」

「出来ますよ、もちろん」


頬を赤く染めながら塔矢は言われた通りの場所に針を定める。でもそれはやはり金魚の真上に当たり、塔矢の指が明らかに躊躇った。


「本物ならともかく、絵で描かれた金魚が可哀想だとは、随分センチメンタルな所があるな」

「違うって言っているじゃないですか!」


からかわれていると解っている塔矢は怒り心頭で、でもやはり金魚に針は打ち込めない。


「あー、別にいいじゃん?」

「何が!」


キッとおれを睨み付ける塔矢におれは言った。


「別に針の位置がバラバラでもそんなの受け取った人にはわかんないし、誰も気にしないと思うから好きなように留めろよ」

「そんなことを言って! 本当はキミもバカにしているくせに」

「いや、してない」


くってかかる塔矢におれは至極真面目な顔を作って言った。


「バカになんかして無いし、からかってもいねーよ。むしろ可愛さ百倍で惚れ直したから!」

「なっ……」


そして緒方先生にも釘を刺す。


「つーことなんで、緒方先生もそれ以上塔矢のこと虐めないで。もしこれ以上虐めるようなら、おれ昼飯食ったら帰りますからね」


しんと部屋の中が静かになる。


「…それでも昼は食って行くのか」


しばらくしてぽつりと言って、緒方先生が笑った。


「本当にろくでも無いガキだな。でもまあ……」


ちらりと塔矢を見て、それからまたおれを見る。


「ここで一人脱落されても困るからな、今日はこれくらいで許してやる」

「ぼくが帰る可能性もあるんですからね」

「それはもっと困るな」


困るから取りあえず昼飯を食いに行こう。鰻でも寿司でもなんでも好きな物を奢ってやると、それで不穏な空気は洗い流された。


何にするか色々揉めて、何故か蕎麦になった昼食の後、再び作業を開始して目出度く夕方までには作業は全て終了した。

もちろん封入した冊子のホチキスはみんな違う。

きちんと几帳面に金魚を外されて留められていたのだった。


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ということで恒例の置き土産SSでしたー。

今回の新刊を作りながら思いついて書いた話です。

それでは!


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