おれも言わない方じゃ無いと思うけど、塔矢はおれが何かした時、一々必ず「ありがとう」と言う。
例えば夕食時に箸や食器をテーブルに並べた時、調味料をキッチンから取って来た時、又はリビングでテレビのリモコンを取ってやった時、郵便物を取って来たり、宅配便を受け取った時もそうだ。
「ありがとう、助かったよ」
さり気なくではあるけれど、嬉しそうな微笑みを浮かべて言う。
「別にそんなん当たり前だろ」
その夜、喉が渇いてコーヒーを入れて、ついでに塔矢の分も持っ行ったおれに塔矢はいかにも嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。キミは優しいな」
「べっ、別に優しくなんか無いし」
一杯入れるのも二杯入れるのも変わりがない。しかも二人暮らしなのだ、相手の分もと考えるのが普通だろうと言ったら塔矢は小首を傾げ、それから妙にきっぱりとした口調で言ったのだった。
「普通なんかじゃない」
「は?」
「キミがぼくにしてくれることに当たり前のことなんか一つも無いよ」
真っ直ぐな真面目な瞳に頬が染まる。
「や、でも、だからフツー……」
「少なくともぼくには、キミがぼくにしてくれることは全て愛の囁きのように思えるのだけれど」
「ばっ」
染まった頬が額も喉も胸元も熱くする。
「そっ、そそそそそ、そんなことは」
「あるだろう?」
にっこりと極上の笑みを浮かべて言う塔矢におれはもう何も言えなかった。
ああ、確かに好きだよ、愛してるよ。
おまえのためなら些細なことでも面倒に思わずおれには出来る。
(でも、おまえも同じじゃん)
快く、おれのためには労をいとわない。
いや、もっと普通のごく小さなことなんだ。
「……ありがとう」
「ん? どうした唐突に」
「おれにもおまえの動作の一つ一つがおれへの愛情に満ちて見えるから」
してくれることを当たり前だと思ったことは一度も無いよと言ったら今度は塔矢の頬がゆっくりと染まった。
なんでも無い、当たり前の、でもたまらなく幸せな二人の夜。
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この世に『当たり前』なことなんて何も無いような気がします。
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