SS‐DIARY

2016年06月12日(日) (SS)June Bride


その日ぼく達は、早朝から近隣の教会で写真撮影を行っていた。

男性棋士数人と女性棋士数人。

ぼくを始めとする男性陣は全員白のタキシードで、女性陣はウエディングドレス。

にこやかに教会の前に立つ姿は、まるで結婚情報誌の表紙のようだっだが、実は棋院発行の囲碁雑誌のための撮影だった。

ごく普通の会員向けの情報誌だったそれを「地味」、「つまらない」と企画部に入った桜野さんが言い捨てて、以来女性向けファッション誌のようにガラリと体裁が変わった。

もちろんお遊び企画だが、これが意外にも大当たりして、発行されるや否や瞬殺で無くなるという珍事に発展している。

今回は発行が六月ということで棋士の恋愛、結婚が特集となり、この撮影に至ったというわけなのだった。



「んー、和谷だとちょっと本気感が足りないのよねえ」


カメラマンを買って出た桜野さんが、数枚撮った後に首をひねる。


「なんて言うか、おれまだ当分は遊んでいたいんですみたいな。結婚なんてマジ冗談じゃ無いんですけどみたいな」

「はあ? なんすかそれ、おれは目一杯真面目ですよ。本気感が足りないって言うなら、隣に居るのが奈瀬だからじゃないんですか? こいつが花嫁なんてマジ有り得ないし」

「ちょっ……和谷っ、あんた言うに事欠いてなんてこと! 私だってねえ、例え雑誌のための嘘企画でも一緒に写真撮るならもっと格好いい人がいいわよ」

「なんだと! おれだってどうせ撮るならもっと可愛くて素直な子がいいに決まってんだろ」

「なんですってえ!」


一触即発、あわや乱闘という直前で桜野さんが大きくため息をついて手を振った。


「はいはいはいはい、止めて頂戴。午前中だけならってことで撮影の許可貰ってるんだからケンカなんかして無駄な時間を使われちゃ困るのよ。別に誰と誰でも構わないから色々組み合わせ替えて撮って行きましょう」


じゃあ次進藤ねと、名指しされた進藤は、とっくの昔に飽きて教会の植え込みに居たスズメ蛾の幼虫を棒で突いて遊んでいたが、呼ばれてくるりと振り返った。


「なんすか?」

「なんすかじゃないわよ。次アンタ撮影するって言ってんの。で、女子は、うーん良子ちゃん行ってみようか?」


にっこりと促されて、後ろの方に居た春木良子初段が前に出る。


「はい、さっさと二人並んで階段の所で腕を組んで」


鬼監督の如き桜野さんの指示で、進藤と春木さんはおずおずと指定された場所に立った。

途端に、ほうと見ていた面々から声が上がる。


「いいんじゃない? 進藤はチャラいけど良子ちゃん純真そうで」

「そうだな。背丈とか全体的な雰囲気? 結構釣り合ってるよな」


確かに、はにかむように頬を染めている春木さんはとても初々しかったし、それをエスコートするかの如く腕を差し出した進藤は堂々としていて、本当にたった今式を挙げたばかりの新郎新婦のように見えた。


「よーし、それじゃ何枚かそれで撮ろうか! 二人、もっと幸せそうに寄り添って!」


指示の続く中、何回かポージングを変えてシャッターが押される。
と、目の前の進藤が急に驚いたような顔になって花嫁を置いてぼくの方に駆け寄って来た。


「あ、ちょっと進藤、何して―」


言いかけた桜野さんもぼくを見て絶句している。


「おまえどうしたんだよ!」


目の前に突っ立った進藤に尋ねられてもぼくには何のことか解らない。


「何が?」

「何がって……おまえ泣いてんじゃん」


言われて初めて気がついた。ぼくは知らぬ間に幾筋もの涙を流していたのだ。


「塔矢くん、大丈夫? どうしたの?」


一応責任者である桜野さんが心配そうに近づいて来る。


「今日は朝から結構蒸し暑いし、具合悪くなっちゃった?」

「あ……いえ」


他の面々も心配そうにぼくを見ていて、ぼくは居心地悪く俯いた。


「別に体調を崩したとかそういうのでは」

「じゃあ何で泣いてんだよ」


進藤はどこか怒ったような口調でぼくに迫る。


「鉄面皮のおまえが涙なんかこぼしたら、みんな恐怖に戦くに決まってんだろ!」


あんまりな言い様だが、その実進藤もぼくを非道く心配しているのだということが瞳で解った。


「いや、本当に何も……ただ」

「ただ?」

「進藤が…脂下がった顔で鼻の下伸ばして撮られているのを見ていたら何故か……非道く気分が悪くなって」


あーと一斉に皆が頷くのと、進藤が真っ赤になって怒鳴ったのは同時だった。


「お、おれがいつ鼻の下伸ばしてたよ!」

「してたよな」

「うんうん。実はおれも正直めっちゃムカついてたわ」

「進藤のくせに調子こいてるよなあって」

「おまえら後で殺スぞ!!」

「あ、良子ちゃんは大丈夫。すごく自然で可愛い花嫁に見えるから」

「うん。じゃあまあ進藤が悪いってことで」


よくわからない内にそういうことで収まって、進藤は撮影から外された。

そして組み合わせを替えて何枚か写真を撮った後、全員でまるで記念撮影のように並んで一枚写真を撮った。


「最後のこれは今日のギャラね。まあこの先女の子達は大丈夫だろうけど、うちの男共は着る機会が無いかもしれないんだから一生大事に持っておいた方がいいわよ」


桜野さんの非道い言葉に苦笑しつつ、それでも男女共々皆笑って撮影された。

並び方は適当で、誰に指示をされたわけでも無く、たまたまそうなっただけなのだけれど、ぼくと進藤はセンターで隣だった。

後に渡された写真を見て、ぼくは思わず微笑んでしまった。

そうしてすぐに恥じたように真顔に戻す。


何故だろう、何の意図も無く撮られたその写真は、まるでぼくと進藤の結婚式の写真のように見えて、そう思った瞬間言い様の無い喜びが胸に沸き上がったからだ。

そして同時に何故あの時、自分が春木さんと進藤を見て泣いてしまったのかも理解して、ぼくは激しい自己嫌悪に陥ったのだった。


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自覚の無かったアキラの話です。
ヒカルはたぶんもう、自覚済みでアキラがすごく好き。


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