いつもは碁会所で会うところをそこまでの時間が取れず、アキラが葉瀬中の近くまで赴いて会うということが何度か続いた。
ヒカルが行っても良かったのだが、海王中の方が少しだけ早く授業が終わるらしく、その日も待ち合わせて公園のベンチで携帯用の碁盤を使って打っていた。
と、少し離れた公道をヒカルと同じ学生服の一団が通り過ぎた。
「お、進藤じゃん! デートばっかりしてないで、たまにはおれらにも付き合えよな」
「うるせえ、放っておけ、バカ!」
囃し立てる声にすかさずヒカルが怒鳴り返してべーと舌を出して見せる。
そんなことが更に二回ほど続いて、ふいにアキラがぼそりと呟いた。
「キミ、付き合っている人がいるのか」
「ばっ、いねーよ!」
仰天した顔をしてヒカルが言う。
「付き合ってるヤツなんか、おれ……」
「隠さなくてもいいよ。さっきから皆言って行くじゃないか。だとしたらこうしてキミを拘束するのはその人に悪いことをしていることになるね」
「だから! いねーっての!」
真っ赤な顔をしてヒカルが怒鳴った。
「でも、皆が……」
「あれはおまえのことだって!」
「ぼく?」
「そう! ここん所こうやって外で会うことが多いじゃん。で、遠目で見るとおまえアタマがそうだし女子に見えるんだって!」
もちろん全身を見れば女子では無いことはすぐに解る。でも今の季節、少し寒くなって来ているのでアキラはコートを羽織っていたし、そうで無くてもベンチで俯き加減にしている時に首から下はよく見えない。
「だからちょっと前から他校の女子とデートしてるってからかわれてるんだよ、おれ」
「そうなのか」
自分が女子に間違われていることにはムッとしつつ、何故かアキラはほっとした。
「だったら訂正すればいいじゃないか。相手はぼくで碁を打っているだけだって」
「してもそんなの信じないって、言い訳すんじゃねえって言われるのがオチだ。あいつらみんな受験前で溜まってるからさ、なんでもいいから気晴らしがしたいだけなんだよ」
実際ヒカルは学校でことあるごとに当て擦られていた。
進学しないというこれ以上無い程羨ましい身分な上に、彼女までいるとは何事だということらしい。
「公園でおかっぱアタマの少しキツイめの美少女と会ってた。駅前のファストフードで楽しそうに話してた。夜の公園でキスしてたって、おもしろおかしく散々言われまくってるよ」
「それ、最後のヤツはマズイんじゃないか」
アキラが眉を顰めながら言う。
「そんなことまで言われていたら、キミが本当に好きな人に誤解されるかもしれない。ぼくが行って彼等に説明して来る」
すぐにも立ち上がり、追いかけて行きそうな気配にヒカルがアキラを押し止める。
「え? いいよ別に」
「なんで! 放っておくともっと尾びれ背びれがつくかもしれないぞ」
「だからいいって、言いたいヤツには言わせておけば」
「でも……根も葉もないことなのに」
考え込んでしまったアキラにヒカルが小さくため息をついた。
「別におれ、学校に好きなヤツなんていないし、だからそのいないヤツのために気を遣う必要も無いし」
それにと、言ってアキラに顔を近づける。
あ、と思う間も無く唇が重なった。
「本当になれば別に構わないんじゃねーの?」
根も葉もなくなんか無い、本当のことをからかわれているだけなら別に腹も立たないと。
アキラは呆然としたままうっかり頷きそうになり、それから慌てて首を横に振った。
「違うだろう!」
「違うの?」
真顔で問い返されて言葉に詰まる。
「違わない……の……かな」
「うん。違わない」
にっこりと微笑まれ、アキラはそれ以上何も言えなくなった。
何かがおかしい、騙されているような気がする。
それにヒカルはとても軽い調子で言っているが、もしかしなくてもこれはすごく重大なことでは無いのだろうか?
(でも)
キスをされた時アキラは全く嫌だとは感じなかった。
むしろ今でも気持ちは弾むようで、胸の中は非道く温かい。
だからきっと良いのだと、アキラは自分で自分にそう言い聞かせると、再び打っている最中だった碁盤の上に視線と思考を戻し、微かに頬を染めながら次の一手を考え始めたのだった。
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2年4ヶ月ぶりのアレから、碁会所に来ない宣言のアレまでの間にこんな期間があったらいいなという妄想でした。
いや、あったかもしれないし。
今まで頑なに突っぱねていた分、普通にヒカルと会えるようになってアキラはものすごく嬉しかったと思う。
毎日でも会って打ちたいと思っていたと思いますよ。
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