| 2016年05月15日(日) |
(SS)いっぱい食べるキミが好き |
差し出された箱の中から無造作にシュークリームを一個掴み取ると、そのままくわっと大きく口を開けてかぶりついた。
クリームが垂れるかもしれないから皿をとアキラがいう間も無く、三口ほどで平らげてしまう。
最後のシューの皮を口の中に押し込んでから、初めてヒカルは少し俯き加減にしていたその顔を上げた。
「あ……何? 今なんか言った?」
「いや、もう必要は無いみたいだ」
気にしないでいいよと言うのに小首を傾げる。そこにすかさず北島が責めるように言った。
「てめぇがあんまり行儀が悪いんで、若先生は呆れてるんだよ。まったく汚さなかったからいいような物の、碁盤の上を食べかすだらけにするつもりだったのか」
言われて初めて気がついたようで、ヒカルはアキラを見て「ごめん」と言った。
「でもおれ、汚さなかっただろ?」
「うん。汚す暇も無かったね」
アキラは自然に思ったままを言ったのだけれど、途端にヒカルは叱られた犬のような顔になった。
「悪かったよ。次からは気をつけるから」
その日碁会所には客からの差し入れがあって、それが有名店のシュークリームだったのだ。
普通店で売っている物よりも一回り程大きくて、持つとずっしりとクリームの手応えがある。
美味しいけれど手や周囲を汚しやすい。
そういう物だったにも関わらず、ヒカルが実に綺麗に平らげたのでアキラは感心してしまったのだった。
考えてみればヒカルの食べ方はいつも綺麗だ。
食欲のままがっついているように見えて、不思議と零すことは無いし、汚すことも無い。
今だって手づかみだったのに、それに不快感が沸くことは一切無かった。
むしろ男らしくて気持ちの良い食べ方だとそう思ったのだ。
(器用なんだな)
アキラは自分の手元に置かれたシュークリームを見つめながら考えた。
小さな頃から厳しく躾けられたのでヒカルと同じように辺りを汚すことは無かったが、その分ちまちまとした食べ方にならざるを得ない。
どうしたらヒカルのように食べられるだろうかとひねくり回している内に、粉砂糖でテーブルを汚してしまった。
「……悔しいな」
「何が?」
「なんでも無い」
「はあ? なんだよ、訳わかんねえなあ」
まさかアキラが自分の食べ方を羨んでいるとは夢にも思わないヒカルは、不審そうにただアキラを見つめている。
「ぼくはどんなことでもキミに負けたくは無いんだ」
「知ってるよ、そんなん。で、今は何で負けたくないと思ってんだよ」
「教えない。自分で考えろ」
「って、おまえ一体自分を何様だと――」
「そんなことより続きを打とう。いつまでのんびり休憩しているつもりだ」
「はいはいはいはい、あー、もう本当にお前ってわけわかんねえ」
そしてそのまま中断されていた碁に戻ったので、ヒカルの頭からシュークリームのこともアキラの不可思議な物言いも綺麗さっばり消えてしまった。
しかしアキラの方はそうでは無い。
ヒカルが器用であると認識したこと、食べ方を好ましいと思ったことがしっかりと記憶に刻み込まれた。
「なーんか、ここ来るとおやつがシュークリームのことが多いよなあ」
久しぶりに訪れた碁会所で、市河に差し出されたシュークリームの皿を受け取ったヒカルはまじまじと皿を見つめながら言った。
「そうかな? 別にそんなことは無い気がするけれど」
同じくシュークリームの皿を受け取りつつアキラが言い返す。
「や、でも確かこの前来た時もシュークリームだったし、その前の前に来た時もシュークリームだったと思うぞ?」
「そうか……口に合わないなら仕方無いな。市河さん、進藤の分下げて貰えますか?」
アキラが市河に向かって言うのにヒカルが慌てて声を被せる。
「わ、わわわわわ、食わないとは言って無いだろ。市河さん、別にいいから!」
そして腑に落ちないと言う顔でシュークリームを掴むと大きく口を開けてかぶりついた。
(相変わらず上手に食べるなあ)
それを見つめるアキラは自分では気づかずに、けれど微笑みながらそう思った。
実は本当に碁会所に於けるおやつのシュークリーム率は高かった。それはアキラが市河にそう頼んだからだ。
ぼく達が行く日のおやつはなるべくシュークリームにして欲しいと。
もちろん自ら差し入れとして買って行く時もある。
それもこれも目の前でヒカルが食べる様を眺めたいからだった。
「なんだよ?」
二口で食べ終わったヒカルは、じっと自分を見つめているアキラに不審そうに言った。
「汚してねーぞ?」
「うん、解ってる」
解っているけれど見ていたかったのだ。
その昔、ヒカルの食べ方を好ましいと思ったアキラは自分もヒカルのように無造作で有りながら綺麗に食べる食べ方を習得したいと思っていた。
けれどすぐに止めてしまった。意外にもテクニックが必要であったし、何より自分が男らしい食べ方をするよりも、目の前でヒカルが食べる様を見ている方がずっと楽しいと気がついてしまったからだ。
(指が長いな)
その長い指でシュークリームを掴んで口に運ぶ。躊躇いもせずに大きな口でかぶりつく。
一連の動作は流れるようで、何度見ても決して飽きることは無かった。
(すごく美味しそうに食べる)
「……ぼくの分もあげようか」
「え? マジ?」
さっきは文句を言っていたくせに、アキラが勧めるとぱっと嬉しそうな顔になる。
(食いしん坊め)
でもその食いしん坊はいつも芸術のようにシュークリームを綺麗に食べるのだ。
アキラは自分の皿をヒカルの前に差し出しながら、ヒカルの長い指がシュークリームを掴み、口に運んで行く様をうっとりと見つめた。
相も変わらず見事な程に汚さない。
ぱくりと食べる少し俯いた顔もセクシーだ。
(男らしい食べ方だ)
今度は三口で飲み込んで、名残惜しそうに指先についた粉砂糖を舐める。
そんなヒカルを見つめながらアキラは幸せな気持ちで、また次に来る時もおやつはシュークリームにして貰おうと思ったのだった。
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いつぞやのめざまし土曜日を見て唐突にシュークリームに萌えました。 ヒカルは甘い物好きそうだし、きっと綺麗に食べるだろうと思います。
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