棋院のエレベーター内に館内清掃に関するお知らせの紙がある日貼られた。
よくあることだしさして気にも留めていなかったのだけれど、それに誰かが悪戯書きをした。
『SEX』
爪で紙に窪みを作って書かれたそれは確かにそう読めた。
「まったく、誰だよなこんなんするの」
その日、エレベーターに乗り合わせた和谷くんが、さも呆れたふうに告知の紙を眺めながら言った。
「ガキじゃあるまいし、こんなことして何が面白いのかね」
「確かに」
エレベーター内にはぼくと事務局の職員と進藤が居て、皆で頷きながら紙を見つめた。
「外からのお客様も目にすることになりますし、どうにかしたいんですけどねえ」
「新しいのに張り替えればいいじゃん」
事も無げに進藤が言うのに職員がため息をつきつつ言う。
「いや、実はこれ三枚目なんですよ。張り替えてもすぐにまたやられちゃって」
このままだと何枚貼っても同じことになりそうなので替えられずにいるのだと、言われて見れば確かに最初に見た文字と微妙に書かれている場所が違う。
「外のヤツかなあ、それとも院生辺りが悪戯でやったんかなあ」
「外部の人っていうのもあるかもしれないけれど、わざわざこれだけのために何回も来たりはしないだろう」
「じゃあやっぱり内部の犯行か。こういうの面白がってやるのって大抵童貞なんだよな」
バカにしたような進藤の口調に和谷くんが茶々を入れる。
「って、実はおまえがやったんじゃねーの?」
「おれが? なんで?」
「だっておまえ童貞じゃん」
欲求不満でやったんじゃねーのかとニヤニヤと人の悪い笑いを浮かべて言われて進藤は憮然とした。
「おれじゃねーよ、だっておれ童貞じゃないし」
「へえ?」
「あ、信じてねーな? おまえと違っておれはとっくに卒業済みで、溜まる暇も無いくらいいつもやりまくってるっての」
あまりにも下品な内容に思わず窘めようとした所で進藤がいきなりぼくに会話を振った。
「なあ、おれ達少なくとも週に三回はやってるよな?」
おまえからも言ってやってくれよと促されてぼくは凍った。
しんとエレベーター内が不気味な静けさで満たされる。
「あれ? 一日に二度ってのもあるからそれもカウントするともっとになるのかな」
ぼくと同じく凍り付いた和谷くんと職員の様子にも気づかずに進藤は指を折って数を数え始めている。
「ひいふうみ、うん。週に六回はやってるな。だからこんなつまんねー悪戯する程おれは全然溜まって無いから!」
自信満々言われても返事をする者は誰も居ない。
その後、エレベーターが止まるまでぼくは針のむしろに座らされたような居たたまれない気分を味わったのだけれど、進藤は一人ご機嫌で、降りるまで鼻歌を歌っていたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
というわけで今日の置き土産SSでした! しょうもない話ですみません!
|