SS‐DIARY

2016年04月10日(日) (SS)ぎこちない恋


「どいつもこいつも浮かれやがって」


弾む足取りで去って行く和谷を見送りながら、ヒカルがぽつりと呟いた。


「どうしたんだキミ、随分機嫌が悪いじゃないか」


棋院の一階。

ちょうどエレベーターを降りて来てヒカルに出くわし、それを目撃したアキラが不思議そうに尋ねた。


「なんだ、塔矢かよ。おれ今ちょうど和谷にフラれた所なんだって」

「フラれる?」

「今日渋谷に服買いに行く約束だったのに、彼女に誘われたからってへらへら断りやがって、まったく男の友情の風上にも置けないよ、あいつ」


思いきり拗ねた顔になっているのは、ここの所同じような目に遭っているかららしい。


「だったら別な人を誘えばいい」


冴木でも門脇でも、ヒカルと趣味が似通った棋士仲間は他にも沢山居るはずだ。


「みんな予定があるんだってよ。ったく、最近合コンでくっついたヤツが多くてさ、おかけでおれはすっかりぼっちになっちまった」


確かにそう言えばこの頃ヒカルは暇にしていることが多い。

アキラにしてみれば打ちたい時にすぐに相手をして貰えて有り難いことこの上無いのだが、ヒカルは取り残されたような気持ちになってしまうらしい。


「でもキミだって少し前まで女子大生と付き合っていて、随分和谷くんとの約束を反故にしていたみたいじゃないか。よく彼がこぼしていたのを聞いたよ」

「あれは……別にそんな本気じゃ無かったし、それにもうとっくに別れたし」


ヒカルの口は子供のように尖っている。


「じゃあぼくと付き合えばいい」

「ん? ああ、いいぜ。どこ行く? 今言ったみたいにおれフラれたばっかで暇だから碁会所行って打ってもいいし、どっかメシ食いに行ってもいいし、好きな所どこでも付き合うよ」


アキラは一瞬何か物言いたげな顔になって、でも何も言わずに微笑むと「じゃあ碁会所案で」と言った。


「折角キミをキープ出来るなら打ちたいしね。でもその前に何か軽く食べてから行こうか、キミお腹空いてるって顔をしているから」


実際ヒカルは空腹だったので、そのまま二人して棋院近くのカフェに入った。

アキラは飲み物だけ、ヒカルはがっつりとサンドセットのメニューを注文して席に着く。

対局時に物を食べないアキラと違い、ヒカルは頭を使った分すぐに補給しないとバテるタイプなので、しばらくはがつがつと物も言わずに食べ続けた。

そして一息ついたらしく顔を上げて言う。


「しかしみんな冷たいよな。相手が居ない時は五月蠅いくらい誘うくせに、いざ出来た途端さっぱりなんて」

「普通はそうだろう。恋人より友人を優先するようだったら問題があると思うけれど」

「それでも和谷に断られるのこれで3回目だぜ? それもいっつもドタキャンでさ、おれはそこまで非道く無かったっての」


憤懣やるかたないらしく、ラテを飲んでいる口先がまた尖って来ている。


「まあ、確かにキミは女性と付き合っている時でもぼくと普通に会っていたしね」


少なくともアキラはヒカルにドタキャンされた経験は無い。


「しねーよ、少なくともおまえにそんなんしたら二度目は無いって解ってるし」

「そうか、それは光栄だ」


アキラは自分でオーダーしたロイヤルミルクティをひとくち飲んで、それから改めてヒカルを見る。


「和谷達とだってそれなりに遊びに行ったのにさ、ここまで二の次三の次にされると、やっぱ寂しい気持ちになるじゃん」


そしてヒカルは大きくため息をついた。


「あー、なんかつまんねえなあ。おれも誰でもいいから恋人欲しい」

「だからさっきから言っているじゃないか」


テーブルの向こうでヒカルを見つめていたアキラがおもむろに口を開く。


「キミはぼくと付き合えばいいよ」

「え? だからこうして付き合ってるじゃん。てか、おまえ普段口うるさいくせに今日はなんだか日本語が変だぜ? ぼくとじゃなくて、ぼくに付き合えだろ?」


で、次はどこに行きたいんだよと再びラテのカップに口をつけながらヒカルが言う。


「いや、間違ってないよ。この使い方で正しい。あのね、さっきからよく解っていないみたいだからもう一度言うけれど、キミは恋人が欲しいんだろう? だったらぼくを恋人にすればいい、そう言ってるんだ」


数秒の間の後、固まったようになったヒカルは次の瞬間いきなり非道く咳き込んだ。


「ぐっ、ごほっ、げほっ……な、何おまえっ」

「そんなに意外だったかな? でもぼくは顔はまあまあだと思うし、肥満体でも無い。稼ぎはそれなりに在る方だし、誠実で浮気もしない。結構優良物件だと思うけれど」

「ちょ、ちょっと」

「そもそもね、キミみたいに我が儘で子供でオレ様で自己中で、そのくせ寂しがりやで甘えん坊で泣き虫で頑固な人間の相手なんて、ぼくぐらいしか出来ないと思うよ」

「そ、そこまで非道くはねーよ」

「そうかな、じゃあ今までの彼女達の別れる時の言い分はなんだったんだろうね?」


アキラに問われてぐっと詰まる。

確かに彼女達が挙げた理由には、全てでは無くてもアキラが言ったどれかが当てはまっていたからだ。


「でもだからって!」

「一つにはぼくがキミを好きだから。そしてもし間違っていなければ、キミもぼくを好きみたいだから」


どうかな? と尋ねられてヒカルは黙りこくってしまった。

間違っていたからでは無い。アキラが言ったことが図星だったからだ。

もちろんはっきりと自覚していたわけでは無い。むしろそうかもしれないと思うたびにわざと見ないふりをしていたような節がある。


「だって……おまえじゃん」

「うん」

「他の誰でも無いおまえなんだぞ」


ヒカルの声は悲痛だった。


「ぼくだってキミだった。他のだれでも無いキミだったんだから」


アキラにしても悩まなかったわけでは無い。けれど自覚してしまった以上無かったことには出来なかったのだ。


「まあ、でもキミにその気が無いなら一生黙っているつもりだったんだけど、どうやらキミは恋人募集中らしいし、しかもそれをわざわざぼくの目の前で言うし」


だからこれは申し出ても良いということなのかなとそう解釈したのだとアキラはヒカルに言った。


「で、どうする? ぼくはキミが今まで付き合って来た女の子みたいにふわふわの可愛い格好をすることは出来ないし、華奢でも柔らかくも無い。これからも言いたいことはずけずけ言わせて貰うつもりだけれど」


それでも良かったら付き合ってみるかいと言われてヒカルはちらりとアキラを見た。


「……そもそもおれ、おまえに『可愛い』なんて求てねえし」

「そうか」

「口の悪いのがフツーだから、言わなくなったら気味悪いし」

「そうそう、それと碁では間違い無くキミを満足させてあげられると思うよ」


にっこりと言われてヒカルは噛みつくように返した。


「逆だろ、それ! おれじゃないとおまえが満足出来ないんだろうが!」

「そうとも言うね」


で、結局の所どうするのだと重ねて尋ねられてヒカルは深く眉根を寄せた。


「おれと付き……合う?」

「うん。いいよ、どこに付き合えばいい?」


微笑まれてヒカルは情けない顔になった。


「嘘だよ、ごめん。そしてありがとう」


アキラが手を伸ばしてヒカルの頬に触れる。


「キミの恋人になれてとても嬉しい。キミもそうならいいんだけど」

「おれは――」


触れて来た手に頬ずりするように目を閉じて、それからヒカルはその手をぎゅっと握り締めた。


「おれはさっきまでフシアワセだったけど、今最高にシアワセになった。すっごく嬉しい」


これからよろしくと言うヒカルの顔は、言葉に偽り無く嬉しそうに微笑んでいて、アキラはほっと安堵したような表情になった。

ヒカルが自分を好きなことを前提に切り出したけれど、そうで無い可能性も考えていたからだ。


「じゃあ取りあえず、恋人として和谷くんの代わりにキミの洋服選びに付き合おうかな?」

「いや、それはいい。マジ勘弁。っていうか、碁会所デートって言ってただろうが!」


途端に真顔になって言うヒカルに、アキラは可笑しそうに笑った。


「そうか、だったら初志貫徹で。でも覚悟しろ、いつかキミをぼくの趣味で染め変えてやるから」

「それだったらおれの方こそ、おまえをおれ色に全部塗り替えてやるよ!」


そして顔を見合わせてくすっと笑う。


まだぎこちない。でもこれが恋の始まり。


カフェを出た二人はいつものように軽口を叩きながら碁会所に向かい、けれどその手はそっと触れあって、それから思い切ったようにしっかりと固く握られたのだった。

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いつもはヒカルがアキラを口説きますが、たまには逆でもいいかなーと。

疑う方はいないと思いますが、ちゃんとヒカアキですよ〜。


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