SS‐DIARY

2016年04月01日(金) (SS)君の嘘

進藤は嘘つきだ。

一見単純そうでいて、平気な顔で嘘をつく。

それもバレバレの嘘では無く、さらりと本心を隠すようなことをしてのけるのだから全く持って油断がならない。


「キミはとんだクセ者だ」


桜の散る中歩きながら、ぼくはため息をついて進藤に言った。


「何が? おれおまえになんかしたっけ?」

「ぼくにじゃ無い。さっき古瀬村さんに午後の予定を尋ねられて指導碁が入っているって言ったじゃないか」

「ああ、だってああ言わないと強制的に昼飯奢ってくれちゃいそうだったから」


週間碁の取材ということで二人揃って棋院に出向いた。

近くある棋戦についてインタビューを受けて、何枚か写真も撮り、さて終わったという所で午後の予定を聞かれたのだ。


『あー、すみません。午後はおれ指導碁が入っちゃってて』

『そうなんだ、塔矢くんはどう?』

『こいつも確か指導碁入ってたと思いますよ。おなじみさんの』


ぼくが答えるより先に進藤が答えていた。


『なんだ残念だなあ、たまには食事でもしながらゆっくり話を聞きたいと思ってたんだけど』

『また今度奢ってください。あれ? もちろん奢りですよね?』

『奢り、奢り。まったく進藤くんには敵わないなあ』


ぼくが口を開く隙も無く会話は進藤によって終わらせられた。

もちろん本当は彼にもぼくにも午後の予定など無かったのだ。


「このペテン師めと思った。キミはどうしてああも平気な顔で嘘がつけるんだか」

「別に悪意のある嘘じゃないからいいだろ。昼飯奢って貰えるのは嬉しいけど古瀬村さん話長いし、行ってたらおまえと打つ時間なんて無くなっちゃうし」

「それはそうなんだけど」


あまりに嘘が上手過ぎるのが嫌なのだ。


「つか、おまえが下手過ぎなんだよ。嘘も方便って言うじゃんか」

「ぼくは子供の時から嘘をついてはいけないって言われて育ったんだ」

「あー、出たよ、おぼっちゃま発言」

「別に……人としてごく当たり前のことだろう」


大袈裟に肩をすくめられて、腹が立つのと同時に悲しくなった。

ぼくが進藤の嘘を嫌いなのは、ぼくに対してもきっとあんな風に嘘をついているんだろうと思うからだ。

さらりと平気な顔で本心を隠す。こんなに近くに居るのに決して心の奥底までは踏み入らせない。


「バカだな……ぼくは」

「は? なんだよ唐突に」

「キミみたいな嘘つきをこんなに好きでバカだなって」


ざっと風が吹いた。

正面からの風は桜の花びらを散らして一瞬の花吹雪を目の前に繰り広げる。

しばし見とれていると進藤がぼそりと言った。


「おれは好きじゃ無い。おまえみたいな頑固でクソ真面目で融通の利かないヤツは」

「――うん」

「世渡り上手そうなイイ子のくせにコミュ障だし、綺麗な顔して暴言吐くし」


冷徹で鬼で死ぬ程碁バカでと並べ立てる進藤にぼくは苦笑した。


「非道いな」

「非道くねーよ、本当じゃん」


さすがにひとことくらいは言い返してやろうかと彼を見てぼくはびっくりした。

進藤は顔から首筋から耳に至るまで、見える肌の全てが真っ赤に染まっていたからだ。


「ほんとおまえみたいなバカ、付き合ってらんねえ」


悪ぶった口ぶりで、でも赤くなっている自覚があるのか必死で顔を背けている。

そんな進藤を見つめる内に、ぼくの口元は次第にゆっくりと緩んでいった。


「キミ……」


(訂正)


「なんだよ!」

「キミがぼくを嫌いでもぼくはキミが大好きだよ」

「ばっ――」


バカじゃねーの、バカじゃねーのと繰り返しながら、けれど一層濃い赤に肌が染まる。


(進藤は嘘が上手なんかじゃ無かった)


少なくともぼくの好意に対しては嘘つきではいられないのだと、どんどん色濃くなる進藤の横顔を見つめながら、ぼくは至極幸福な気持ちで再度「好きだよ」と彼に囁いたのだった。


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エイプリルSSです。

ヒカルは嘘が上手そうだなって。でもアキラの不意打ちには弱そうだなって。


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