SS‐DIARY

2016年01月24日(日) (SS)甘いもの


深く考えてしたことでは無かった。

指導碁先でお茶請けとして出た菓子が進藤が好きそうなものだったので、ハンカチにくるんで持ち帰ったのだ。

お土産だと言って渡したら進藤は予想以上に喜んで、それ以降ぼくが指導碁などに出掛けて帰ると期待した顔で周りをうろつくようになった。

「あのね、そうそういつもお土産なんてあるものじゃないんだよ」

「うん、でもまた何かあるかなーって」

子供か! と思いつつ、それでも進藤があまりにもわくわくと待ち続けているので、ぼくは出された菓子のほとんどを自分では食べずに持ち帰るようになってしまった。



「塔矢先生、申し訳ありません。お口に合いませんでしたでしょうか」

そんなことが続く内、恐縮したように先方に尋ねられた。

どんなに勧めてもぼくが一口も菓子を食べようとしないので、何か不手際があるのではないかと心配になったらしい。

「もしよろしければお好みの菓子を教えていただけませんか? せっかくいらしてくださっているのにこれでは申し訳無くて」

「とんでも無い。こちらこそ申し訳ありません。塩瀬の饅頭は口に合わないどころか大好物です。ただ、実は家にもの凄く甘い物が好きな犬がいまして」

「は? 犬?」

「ええ。一度持ち帰った菓子をあげたら、せがまれるようになってしまって」

失礼を承知で持ち帰らせて貰っていたのだとぼくが言ったら、相手は途端にほっとした顔になった。

「そうですか。わんちゃんが。さすが先生が飼っていらっしゃるだけあって味の解るわんちゃんで」

「いえ、しつけがなっていなくてお恥ずかしいです」

「それではわんちゃんには別に用意致しますから塔矢先生はどうぞそれを召し上がってください」

「そんな! そんなつもりでは―」

「いえいえ、どうぞお召し上がり下さい。何、菓子を買う時に1つだけということは無いのですよ。先生にもわんちゃんにも食べていただけるならその方が私も嬉しいですし」

「それでも、そんなことをして頂いては申し訳が……」

「わかりました。それでは先生には2つ菓子をお出しすることにしましょう。それを両方召し上がるも、1つ残されて1つ持ち帰りになるのも先生のご自由ということで」

もちろん2つとも残されても構わないのですよ? とにっこりと人好きのする顔で言われてはそれ以上逆らうことも出来ない。

結局ぼくは1つを美味しく頂いて、残り1つを今まで通りハンカチにくるんで持ち帰ることにした。

そしてそんなことが他の場所でも何回か繰り返される内、あっという間にぼくはどこに行っても食べる用と持ち帰り用、2つの菓子を出されるようになってしまったのだった。



「あれ? なんでおまえの菓子2つなん?」

その日ぼくは進藤と企業主催の囲碁イベントの打ち合わせに出掛けていた。

通された部屋で目の前に置かれた茶と茶菓子を見て、進藤がびっくりしたように声をあげた。

「あ……これは」

ぼくは出先で菓子を複数出されるようになった経緯を進藤に話していない。

いつもさり気なく余った風を装って持って帰っていたからだ。

「あれー? 秘書さんもしかして人数勘違いした?」

でもお茶は合ってるんだよなあとしきりに首をひねっている進藤に、テーブルの向かい側に座っている主催者が微笑んで言った。

「いいんですよ、進藤先生。塔矢先生にはいつも2つお出しすることにしているんです」

「なんで? おまえそんなに甘いもん好きだったっけ?」

知らなかったなあと感心したように言われて顔が赤く染まる。

「違いますよ、塔矢先生は1つをわんちゃんに持って帰られているんですよね?」

「は……はあ」

ぼくが進藤と一緒に暮らしていることは碁界の一部の人間しか知らない。

別に秘密にしているわけでは無いが、特に触れ回ることでも無いので知らない者の方が多いのだ。

この主催者もその一人で、ぼくと進藤が同居しているとは夢にも思っていなかっただろう。

だからフォローのつもりでか、こう言葉を続けたのだった。

「進藤先生はご存知ではいらっしゃらなかったのですか。塔矢先生は甘いものが大好きな、大きなわんちゃんを飼っておられるんですよ」

「えーっ、そうなのか? おまえおれに内緒でいつの間に犬なんか飼ってたんだよ!」

非道いじゃんか教えろよと、心底驚いた顔をしてぼくに食ってかかる進藤をぼくは思わず殴りたくなった。

(一体だれのせいだと―)

天然にも程がある。

ここまで言われて、どうしていつもぼくが持ち帰っている菓子との関連が思い浮かばないのだと罵りたくなってしまった。

けれどにこにこと見守る主催者の手前、殴ることはもちろん罵ることも出来なくて、ぼくは黙って菓子を1つ進藤の方へ押しやると、気づかれないようにこっそりと、テーブルの下で彼の足を思い切り蹴ってやったのだった。


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アキラがヒカルに甘いものを持ち帰る話は以前にも書いたような気がします。甘いものに限らず、美味しそうだと思う物もアキラは持って帰りそう。

あ、動物に人間の食べ物をあげるのはNGですよ〜。甘い物なんて以ての外。でもヒカルはアキラの『飼い犬』だけど、人間だから良いですよね?


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