SS‐DIARY

2015年11月20日(金) (SS)攻撃は最大の防御



沸点が低く、すぐカッとなる性質の進藤は、それでも手が出るような喧嘩はあまりしない。

常日頃ぼくが喧嘩をするなと言い続けているのと、棋士という立場を彼なりに考えて我慢しているからだった。


「確かに相手が悪いかもしれないけれどね、だからって暴力で解決しようとするのは野蛮だよ」

「そんなんわかってるって! でもいきなり向こうから殴りかかられたら反撃しないわけにはいかないじゃんか」


大抵は殴る寸前で胸の中に収めて来るが、それでも押さえきれないこともあるようで、何度か派手な殴り合いをしているのをぼく自身目撃している。


「それとも殴られっぱになっていろって言うのかよ」

「逃げろ」

「は? みっともなく尻尾巻いて逃げろって?」

「負けるが勝ちって言うだろう。嘲られても挑発に乗って無駄な闘いをするよりはずっとマシだ」


諭すようなぼくの物言いに進藤の顔がむうっと曇る。


「今日みたいに囲まれちゃってるって時にもデスかあ?」

「うん。必死で逃げろ」

「ダチも一緒で一人で逃げるわけにも行かない時にでも?」

「逃げろ。キミ一人逃げて、それで卑怯者になってもぼくは構わないよ」


勿論それで進藤が納得するわけも無い。ぼくも重々解っている。

案の定進藤は深く眉根を寄せるとぼくに言った。


「悪いけどそれ無理。おれだけならなんとかするけど、和谷とか、もし岡とか庄司が一緒に居たら見捨ててなんか逃げられない。その時はどんなにおまえが怒っても応戦する」

「どんなにぼくが頼んでも?」

「どんなにおまえが頼んでも、だ」


そして進藤はテーブルの上に置いていた右手を胸元に引いた。

緩く握られた拳の上には絆創膏が数枚貼られている。膝に置いている左手にも数枚。頬にも一枚貼ってある。もちろん全部ぼくが貼ってやったのだ。


「おまえだって本当は仲間置いて逃げるおれなんて嫌いだろうが」


じっとぼくを見つめて問う進藤の声はもう答えを知っている。確かにぼくはそんな人間は大嫌いだし、彼がそうであるならばこんなに好きにはならなかった。

でもそれを言葉にして肯定するわけにはいかない。


「さあね。 それでもキミが誰かを傷つけて犯罪者になったり、誰かに傷つけられて万が一にも命を落とすようなことがあるよりはマシだ」


進藤の顔がちぇっという表情を浮かべる。


「交渉決裂だな」

「うん。交渉決裂だ」


彼が譲れないようにぼくも彼に譲れない。何故なら彼の命はぼくにとって全世界よりも重いから。


「じゃあ、まー…なるべくおれがそういう目に遭わないように祈ってろよ。おれだって好きでやってるわけじゃないんだし」

「うん」

「あ、それからさっきは言わなかったけど、もしおまえが一緒だったらおれはもっと卑怯者にはなれないから」


おまえに危害を加えるヤツが居たら、おまえがどんなに願ってもおれはそいつをぶちのめすよと言われて、ここは喜ぶべきなのか悲しむべきなのかと一瞬困った選択に陥った。


「わかった。じゃあぼくは精々キミの足手まといにならないことと、キミだけが罪を負うことが無いように一緒に応戦することを心がけるよ」

「え?」

「どうしてそんな意外そうな顔をするんだ。キミは売られた喧嘩を買わずにはいられない。そしてぼくが一緒だと、よりそう選択せざるを得ないと言うなら仕方無いだろう」


常に武器を携帯し、武術も習いに行くことにするよと言ったら進藤は非道く苦い顔つきになった。


「おまえ………卑怯」

「そんなことは無い。我ながら実に前向きな検討だと思うけど」


取りあえず次の休日には一緒にスタンガンでも見に行こうかと誘ったら、進藤は完全に沈黙してしまった。



策略でも無く脅しでも無く、ぼくは本気で言ったのだけれど、進藤には相当に強力な脅迫になったらしい。

その後半年が過ぎるものの、彼が喧嘩をして帰って来たことは一度も無い。


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アキラは「素」です。


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