SS‐DIARY

2015年06月30日(火) (SS)シロツメクサ、アカツメクサ

「この花、何?」

唐突に聞かれてアキラは、えっと顔を上げた。

「この花、なんて言うんだよ」

それをよく聞こえなかったと思ったのかヒカルが繰り返し、今度はもっとはっきりとした口調で言った。

「さあ、シロツメクサによく似ているけれど」


地方の仕事で下っ端である二人は買い出しを頼まれた。

会場の裏手にある土手を真っ直ぐに行けば店があるからと言われ、茶菓子と軽食を買って帰る所だった。

田畑が広がるのんびりとした風景のど真ん中に大きな川が流れていてその土手を歩いていたのだが、傾斜した一面に目が覚めるような濃いピンク色の花が咲いていたのだった。

「んなことおれでも解るって、でもこれはピンクだろ、だから何だろうっておまえに聞いたんじゃん」

ぶっきらぼうな言いぐさに少々ムッとしながらもアキラは足下の花をよくよく見た。

見れば見る程シロツメクサに似ているが、花はもっと大ぶりで、でも葉はやはりシロツメクサによく似ている。

「解らないな。シロツメクサの変種かもしれないけれど、こんなにたくさんあるのならちゃんと種類があるんだろうし」

「なんだよ、おまえなら知ってると思ったから聞いたのに役に立たねーな」

「ぼくは別に植物の専門家では無いし」

「でも木や草の名前に詳しいだろ」

「あれは…家の庭に咲いているものなら知っているというだけだ」

アキラの家の庭は都内にしては広い。

母親が花好きだということもあって、小まめに手入れし、種類も個人の家にしては結構数がある方だと思う。

「でも、こういう野に咲くような花はお母さんは植えないから」

「やっぱり役立たずじゃんか」

あんまりなヒカルの物言いにアキラは流石に腹を立て、その後自分から話しかけるようなことはしなかった。

ヒカルはと言えば元々アキラの機嫌には頓着しないような所があったので、自分の非道い言動でアキラがだんまりを決め込んでいることを気にもせず、鼻歌を歌いながら歩き続けた。

それがかれこれ五年ほど前。



初夏の土手を歩きながら唐突にアキラが言ったのだった。

「アカツメクサ」

「は?」

「いつだったかキミがここでぼくに聞いた花、調べたらアカツメクサっていう名前だった」

全く別なことを話していていきなり言われたのでヒカルはびっくりした顔をして、それから困惑したように眉を寄せて言った。

「おせーよ」

「別に遅くは無い。花の名前は結構すぐに分かったのだけれど、伝えようとするたびにキミが腹が立つようなことを言ったりしたりするから機会を逃してしまっただけだ」

それにもうとっくに忘れてしまっているだろうと思っていたしと、見つめられてヒカルはムッと口を尖らせる。

「忘れねーよ、おれは」

おまえと話したことはどんなつまらないことでも全部一つ残らず覚えていると言われてアキラは笑った。

「そうか、それは光栄だ」

「おまえこそ本当は忘れていたんじゃないのか」

それをさもずっと覚えていたかのように、恩着せがましく今言っているのではないかと言うヒカルの言葉にアキラは鷹揚に笑ってから答えた。

「まさか、ぼくもキミと話したことは全部一つ残らず覚えているし、絶対に忘れない」

キミと同じだよと再度見つめられて、ヒカルは微かに頬を染めた。

あの時と同じのんびりとした田園風景。流れる川、目に映える緑、咲き誇る濃いピンク色の花。

けれど一つだけ違う。

二人の距離だけは以前よりずっと、触れるほど近くになっていたのだった。


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