| 2015年06月20日(土) |
(SS)ふくらすずめ |
ふかふかと羽毛を膨らませた雀が気持ち良さそうに目を閉じていた。
一羽は頭、もう一羽は肩、その他に膝や膝に置かれた手の上にも何羽か乗って眠っている。
その光景を見た時アキラは一瞬呆れて、けれど次の瞬間には微笑んでしまっていた。
(よくあれで起きない)
雀達の止まり木になっているのはヒカルで、小一時間前休憩で出て行ったきり戻って来ないのでアキラが探しに来たのだが、ヒカルは隣接する公園のベンチで居眠りをしていたのだった。
「進―」
呼びかけて思い出す。
(そういえば夕べはあまり寝ていないのだっけ)
前日まで対局で関西に居たヒカルは夜遅く帰って来て、翌朝早朝この関東近郊で行われている小規模なイベントにやって来たと言っていた。
気の毒ではあるが、アキラも似たようなことがよくある。
タイトなスケジュールは下っ端故の宿命のようなものなのだ。
なのでヒカルは設営時からずっとあくびをかみ殺していたのだが、待ちわびた休憩に仮眠をとりに来たらしい。
ベンチの空いた部分に無造作に置かれている半分ほど囓った菓子パンはたぶん遅めの朝食で、けれどそれを食べきること無く眠ってしまったようだった。
(あのパンくずが雀を寄せたのか)
『進藤くん遅いねえ、アキラちょっと見て来てよ』
兄弟子である芦原に促されてアキラはやって来たのだが、見つけたものの声をかけることが出来ない。
こんなに疲れているヒカルを起こすのは可哀想だという気持ちと、そのヒカルに止まっている雀たちがあまりにも気持ち良さそうなので、それを邪魔するのが躊躇われたのだ。
植樹の下のベンチは眩しすぎない日の光に包まれて温かそうで、そよ風がヒカルの明るい色の前髪を持ち上げるように揺らして行く。
(なんて言うんだっけ)
あんな風に羽を膨らませた雀のことを確か呼ぶ名前があった。
アキラは雀まみれのヒカルを見つめながらゆっくりと記憶の底をさらい始めた。
(確か××雀って言うようなそんな名前だった)
日差しの温かさは佇むアキラの体も包む。
あるか無いかぐらいの風が本当に気持ち良くて、目の前の光景は見ているだけで胸が温かくなるようでアキラはしばし時間を忘れた。
そしてヒカルを呼びに来たという本来の目的を思い出した時には、会場を離れてから既に数十分が経っていた。
「アキラ、ミイラ取りがミイラになるって言葉は知っているよね。アキラだからぼくは進藤くんを迎えに行かせたんだよ?」
「すみません」
アキラには返す言葉も無い。
「そうだよ、お陰でおれまで怒られたじゃんか」
しかもヒカルにまで文句を言われた。
「大体どうしておまえおれを起こさなかったんだよ。居眠りしてたのはすぐに見つけたんだろう?」
「―うん」
「なのにそうしないでバカみたいに突っ立ってたってのはどーゆーことなんだよ」
「それは…」
アキラはムッとした顔で黙り込んだ。
言えるわけが無い。雀と一緒に居眠りしているヒカルの姿があまりにも平和で愛しくて起こすのが勿体無かったなどとは―。
「雀のせいだ」
「はあ?」
「とにかくキミと雀が悪い」
ヒカルには何の事やらさっぱり訳がわからなかったが、アキラは頑としてそれだけを主張し続けヒカルの苦情を一切受け付けなかったのだった。
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