SS‐DIARY

2015年06月06日(土) (SS)セクシーにも程がある


「お待たせっ!」

弾むようなヒカルの声に顔を上げたアキラは、ぎょっとして一瞬言葉を失った。

待ち合わせた街道沿いの大手コーヒーチェーン店。

すぐ解るようにと窓際に座ったアキラの元へヒカルは全身びっしょりと濡れた格好で近づいて来たからだ。

「キミ…」

「いやー、まいった。おまえに見せたくてチャリで来たんだけど途中で降られちゃってさあ」

「雨? こちらは降らなかったけれど」

「ゲリラ豪雨ってヤツじゃねーの? ザッと降ってぱっと止んだから」

髪からぽたぽたと滴を垂らしながらヒカルはどっかりとアキラの前の席に座り、それから改めて取り出したハンカチで頭や肩を拭き始めた。

「出ろ」

「は?」

いきなり固い声で言われてヒカルがびっくりした顔になる。

「え? だっておれ今来た所…」

「そんな濡れ鼠のような客に居られたら店が迷惑するだろう」

一応店に入る前に絞っては来たのだろうが、ヒカルのシャツは濡れて肌が透けてしまっている。

「それに店の中は結構冷房が効いているし、そんななりで居たら絶対風邪をひく」

大事な対局を控えて健康管理も出来ないのかと、にこりともしない顔で言われてヒカルは渋々立ち上がった。

「へいへい、あーあ、折角久しぶりにおまえに会えたのにこれっぽっちで終了かよ」

「誰が帰れとまで言った。ぼくも出る。すぐ側にホテルがあっただろう」

「え? うわ、珍しくがっついてんなあ、おまえそんなにおれに飢えてたん?」

現金にもにこにこと嬉しそうな顔になるヒカルを伝票を持って立ち上がったアキラの足がさり気なく蹴り飛ばした。

「誰が! さっきも言っただろう、そんななりでは風邪をひくと。家まで戻るにしても少し距離があるし、だからホテルで服を乾かすんだ」

以上、小声での会話である。

「なーんだ、つまんねーの」

露骨にがっかりした顔になったヒカルは、それでもデートが継続になったと解っていそいそと立ち上がった。

「あ、おれ奢るよ。色々予定も狂っちゃったしさ」

「いい。そんなことよりさっさと店を出て、乗って来た自転車とやらを持って来い」

「へいへい、まったく厳しいよなあ、うちの奥さんは」

「結婚もしていないし、ぼくは奥さんでも無い」

びしりと言って小突くように外へと促す。口を尖らせながらも素直に出口に歩いて行くヒカルの背中に向かってアキラはひっそりとため息をついた。

(まったく)

無自覚というのは恐ろしい。

ヒカルは今日は自転車に乗るためか、下はカーキのハーフパンツにクロックス、上は白の麻のシャツ一枚という軽装だった。

それが雨に濡れて体にぴたりと張り付いて、あまつさえ上半身は透けてしまっているのだ。

アキラがヒカルを見てぎくりとしたのはそのためだった。一瞬、半裸のように見えたのである。

ヒカルは茶化して言うことがある割に実は本当には自分の魅力を解っていない。

恋人という欲目を抜かして見ても、ヒカルはかなり上位に属する男前だった。

その男前が文字通り水滴らせながら半裸のような状態で入って来たのである。店内の女性は全てヒカルに釘付けになった。

(なのに本人にはそれが解らないのだから)

こうして歩いている今も女性達の視線がヒカルをずっと追って行く。思わず立ち上がった女性まで居て、まるで逆モーゼのような状態だった。

だからこそアキラはヒカルに『出ろ』と言ったのである。

こんな中、ヒカルをいつまでも置いてはおけないし、ましてやどこか街中に行くことも出来ない。

(一刻も早くどこかで服を乾かさなければ)

乾かして、透けて見える体を隠してしまわなければならない。

何故ならあれは自分だけのものだから―。


「おーい、早く来いよ。人のこと急かしておいておまえ遅っ」

アキラが会計を済ませていると、先に店を出ていたヒカルが焦れったそうに再び中に戻って来た。

入り口のガラスドアの向こうには、高そうなスポーツタイプの新品の自転車が見える。

「今行く。もう少しそのおもちゃと待っていろ」

「あっ、ひっでー。おもちゃってなんだよ、これはなあロード乗りならみんな一度は憧れる、イタリア製の有名ブランドのチャリなんだぞ」

「イタリア製でもなんでもキミが乗っているなら単なるおもちゃだ」

冷たく追い払うのは、せっかく散った女性の視線が再びヒカルに集中し始めたからである。

「そんなこと言うならおまえには貸してやんないぞ」

「構わない。別にぼくは興味無いから」

えー、もー、なんだようと拗ねまくるヒカルを軽くいなしてアキラは店の外へ出た。

「じゃあ行こうか」

「うん、ホテルな♪」

ハンドルを持って自転車を転がして歩くヒカルをまだ店の中から幾つかの視線が追って来る。

「まったく…」

「ん? 何?」

ヒカルはそんな状態にもアキラの眉根が寄せられている理由にも全く気がつかないようだった。

脳天気そのものの顔を思わず殴りたくなってしまう。

「なんでも無い、それよりそのおもちゃは幾らしたんだ」

「えー? 言ったらおまえ怒るし」

「怒らないから言ってみろ」

広い背中、ちょうどいい厚さの胸板、しがみつきたくなるような肩。
すんなりと伸びた背丈、形の良い手足、焼けすぎていない健康的な肌。

(こんな、中身はただの夏休みの小学生男子なのに)

無駄にセクシーな恋人を持つと苦労すると、アキラはヒカルを眺めながらひっそりと深く再びの大きなため息をついたのだった。

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ヒカルがもう最高にイイ男、最高の男前のイケメンという話です。

ヒカルの格好、女性には結構受けの悪いスタイルだと思いますが、ヒカルだからこそ似合ってる、セクシーなのだと思って読んでいただければ嬉しいです。

ヒカルが乗っている自転車はビアンキでしょうか。ゆるい街乗りなのでヘルメットはしません。ヒカル曰く、「あんなバナナが逆さになったようなの被りたくない」だそうです。でもグローブはしているはず。


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