うららかで温かいその日、棋院では二つの研究会が行われていた。
片方は塔矢門下に縁のある棋士が主催しているものでアキラが参加し、もう一つは森下九段と親しい棋士が主催している研究会だったのでヒカルが参加していた。
お互いに相手が来ていることを知ってはいたが、階が違うために会うことは無いだろうと思われた。
少なくともヒカルはそう思っていた。
ところが数時間が過ぎ、ちょっと休憩でもと皆で茶を飲んでいる時にふいに入り口からアキラが顔を覗かせたのだ。
「おや、塔矢くん」
「すみません、お邪魔します」
ぺこりと頭を下げて部屋に入って来たアキラは、ヒカルを見つけると腕を掴んで連れ出した。
「なんだよ?」
尋ねるヒカルに返事もせず、通路まで来た所でちゅっと軽く口づけると「それじゃ」とくるりと背を向けて去って行こうとした。
「ちょ…なんだよ今の」
焦りと驚きで思わず怒鳴るヒカルにアキラは不思議そうな顔で振り返った。
「だってキミ、今日来てるって言っていたじゃないか」
「いや、言ったけど、それでどうして」
「したかったんだ」
さらりと言ってにっこりと笑う。
「ここの所キミと会っていなかったから、ずっと会いたいなと思っていた。だから来た、それだけだ」
キミ分を補充出来て満足だ。また今度ゆっくり会おうと言って呆然とするヒカルを残して今度こそアキラは一人さっさと去って行ってしまった。
「あいつ―」
(信じられねえ!)
ヒカルは立ち尽くしたままアキラを見送り、けれどやがて正気に戻って一瞬追いかけようとした。
(や、無理! 無理だっての)
今はたまたま休憩中だったが、向こうがどんな状況かは全くわからない。
アキラがどう言って抜けて来たのか知らないが、万一皆で真剣に検討しているのだったら、その最中に無神経に乱入するような勇気はヒカルには無かった。
(あいつ、どんな神経してんだよ)
全く同じ状況にも関わらず、平気な顔でやってきたアキラの心臓にヒカルは感嘆しつつ、悔しくてたまらなかった。
「…リベンジだ」
いつか絶対リベンジしてやると思いながらヒカルは火照る頬を両手で抑え、休憩時間が終わるまで、そのままの姿勢で過ごしたのだった。
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