SS‐DIARY

2015年04月07日(火) (SS)何も間違ってはいない


アキラは周囲に大人ばかりという環境の中で育ったために、子どもの頃から目上の人に対する礼儀作法を厳しく躾けられていた。

特に女性への接し方は母親から念入りに叩き込まれていたために、今では一端のフェミニストになっていた。

それ故にヒカルの女性に対するぶっきらぼうな言動が、日頃気になって仕方が無かった。


「おばちゃん、ご馳走様!」

「おばさん、また来てくれたんだ。いつも応援ありがとうな!」

「あ、おばさん。この間頼んでおいた雑誌のバックナンバー取り寄せてくれた?」

行きつけの店の店員や応援してくれるファン、棋院の売店の職員をあまりにも気軽におばさんと呼ぶので端で見ていてはらはらするのだ。


「進藤キミね、女性をおばさん呼ばわりするのは止めた方がいいよ」

「は? なんで? だって本当におばさんじゃん」

ある日見かねて注意をすると、ヒカルはものすごく驚いた顔をした。

元々全く悪気は無く、自分より年上の女性=おばさんという認識であるらしい。

呼ばれる方もヒカルが屈託無いために悪い印象は持っていないようだったが、全部が全部そういうものでも無いだろう。

「あのね、年齢に関係無く、女性におばさんというのは失礼なんだよ。その呼び方は決して良い印象は与えないし、呼ばれて不快になる人だって沢山居る」

だから十把一絡げにおばさん呼びしないで、名前が解る人は少なくとも名前で呼ぶべきだと諭したのだった。

「えー? 別にいいじゃん、面倒臭い」

いかにも鬱陶しそうに返事をしたものの、ヒカルは元来素直だった。

納得がいかないことには全力で戦うが、納得がいったことは受け入れる。

今回の女性に対する呼称も、取りあえず反発しては見せたもののアキラの説明で納得がいったのでヒカルは素直に実行することにしたのである。


「ごちそうさま、あ…えーと、小百合サン。また明日も来るからな〜」

「としゑサン、こんにちは。腰痛いって言ってたの治った?」

「恭子サン、この前はありがとうございました。また取り寄せ頼んでもいいデスか?」

これをにっこりと極上の笑顔と共に言うのである。ヒカルの人気は中高年の女性を中心に急激に鰻上りに上がった。



「よっ、このホスト野郎」

「熟女好きが!」


おかげでヒカルは日本棋院のマダムキラーと甚だ不本意なあだ名をつけられてしまい、かなり長い間ふて腐れることとなった。

けれどその原因を作ることになったアキラはヒカルより更に深く落ち込んでいた。

(…確かに名前で呼べとは言ったけれど)

まさか下の名前で呼ぶとは思わなかった。

普通呼ぶなら名字だろうと、アキラはヒカルの素直さに呆れながらも無駄にライバルを増やしてしまった己の失態を心の底から悔やんだのだった。



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